シングルマザー・イン・NYC
「えー、それで? どうなった? 連絡先交換した!?」

私が美術館での話をすると、アレックスは夕食のテーブルから身を乗り出した。

「しなかった」

ルームメイトとは別々に食事をする人が多いらしいが、私たちは、時間が合えば一緒に作って食べる。
今日はオーブンでチキンとポテトを焼いた。
デザートは、市販のチョコレートムースにバニラアイスを添えたもの。

「好みのタイプじゃなかった?」

「……うーん、どうかな」

アレックスは恋バナが大好きだ。
私より三歳年上の三十歳。
若い頃のキアヌ・リーヴスに似ている。

そして、ゲイ。

オネエなわけではないが、几帳面で優しく料理上手な彼は、理想的なルームメイトだ。

ちなみに、私たちの会話は全部英語。
私の英語が上達したのは、このおしゃべりなルームメートが四六時中話しかけてくれるおかげ。

「もったいないなあ。せっかく声かけてくれたのに。希和(きわ)のこと、気になったからでしょ」

「わかんない」

そう。本当にわからなかった。
すごく自然な感じで話しかけてきたから。

あそこにいるのが私じゃなくても――老若男女だれでも――、あの人は声をかけたんじゃなかろうか。感動を分かち合うために。

そう考えると。

「……いい人だったかも」

という言葉が思わず口をついた。

「だろー!? 今度会ったら絶対、連絡先、交換しろよ」

「そんな偶然、ないと思うよ」

「いや、ある。ニューヨークは意外と狭い。それに日本人は日本人の美容師を好むから、うちの店に来るかもしれない」

「まさか」

私は笑ったが、この「まさか」は三日後に現実になるのだった。
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