シングルマザー・イン・NYC
アレックスの予感は当たった。

美術館で会った彼は、私たちの働く美容室「ケイ・タカヤナギ」にやって来たのだ。

アッパー・ウェスト・サイドという住宅街にあるこじんまりとした店舗で、同じ通りには、ピザ屋、動物病院、花屋、カフェなどが並んでいる。

とても生活しやすいエリアだが、さほど日本人の数は多くない。

「予約した篠田ですが……あれ?」

レジカウンター越しに私と向かい合った篠田さんは、すぐに私に気付いた。
もちろん私も。

「美容師さんだったんですね」

微笑を浮かべた篠田さんは、坦々とした口調だった。
もっと驚いても良さそうなものだが、あまり感情を表に出さないタイプなのだろうか。

「はい。ご指名はないとのことなので、私が担当させて頂いてよろしいでしょうか?」

だが今度は、篠田さんは楽しそうに笑った。
笑うと、整った顔立ちがくしゃっとなってかわいい。

(何かおかしなこと言ったかしら、私)

「ごめん、久しぶりに日本の丁寧な言葉遣いを聞いたものだから。よろしくお願いします。ええと、お名前は」

「あっ、失礼いたしました。斉藤希和と申します」

「斉藤さん」

急いで取り出した名刺を差し出すと、篠田さんはしげしげと眺めた。
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