シングルマザー・イン・NYC
「あら。もしかして昨日の?」

後ろから声をかけられたのは、チェックアウトを済ませ、ホテルのロビーを入り口に向かって歩き始めた時だった。

私が振り返ると、昨日のご夫妻がにこやかな笑顔で立っていた。
二人とも上品な普段着。

「良かった、またお会いできて運がいいわ。私、カミーユといいます。カミーユ・ローゼンタール。こちらは夫の」

「デイビッドです」

二人が手を差し出したので、篠田さんと私も自己紹介をし、交互に握手をした。

「そう、キワというお名前なの。とてもきれいな響きね」

「ありがとうございます」

カミーユさんは感じが良い。素敵マダムだ。五十歳くらいだろうか。

「シノダ、という名前は日本によくあるのかい?」

今度はデイビッドさんがきき、篠田さんは答える。

「ものすごく多いというわけではありませんが、そこそこいると思いますよ」

「私の知り合いにも一人いてね、政治家だよ」

「そうですか」

「ねえ、キワ。お願いがあるんだけど」

「何でしょうか?」

「もしよかったら、キワの勤めている美容室、教えてもらえない? 昨日、見事な手際で髪を整えてくれたでしょう。日本人美容師は腕がいいと評判だから、一度カットを試してみたいと思っていて。お願いできないかしら」

「もちろんです」

私はバッグから名刺を出し、カミーユさんに渡した。

「ご来店、楽しみにお待ちしています」
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