シングルマザー・イン・NYC
「篠田さん、ゴッホの絵では他に何が好きですか?」
私は、おそるおそる聞いてみた。
美術館で話しかけてきたのは篠田さんだ。
なのに話し好きかと思ったらそうでもなく、なんだか緊張してしまう。
でも私の質問に、
「そうですね……」
ちょっとだけ楽しそうな表情。
「糸杉のある小麦畑」
「あっ、それも私、大好きです! 雲がグルグルしてる絵ですよね~」
「……グルグル。たしかに……」
篠田さんは笑った。
そしてそこからは、楽しい会話が始まった。
篠田さんが来店してからの緊張が、ようやくほぐれてきた。
「私、暇なときは大体MET(メトロポリタン美術館)に行くんです。ちょうど良いお散歩コースだし、年間チケット持ってるから入りたい放題だし」
「僕も持ってる。絵を一枚だけ見て帰ってくることがあるんだけど、すっごい贅沢してる気分になる」
「わかります! 私もたまに、壺一個とか、ピラミッドだけとか、あります」
「僕はちょっとした秘密の部屋も見つけた」
篠田さんは得意げだ。
「どこですか?」
「フランク・ロイド・ライトの別荘のリビングルームを再現した部屋……」
なーんだ。
そこは有名で私も知っている。
だが篠田さんは続けた。
「……の上の所にある、ガラス張りのケースにいろいろな美術品が収められている、倉庫みたいな場所」
「へえ……。知らないです」
「ほんと? じゃあ今度、一緒に行ってみる?」
鏡の中の篠田さんは真顔。
これは……社交辞令なのか。普通もっと和やかな表情で誘わない?
迷っているとレジカウンターの方から視線を感じた。またもアレックスだ。
アレックスはじれったそうな表情で眉間に皺を寄せ、(Say Yes (はいと言え))と口パクをした。
……思い切って返事をしてみよう。
「はい」
するとそれまで鏡の方を見ていた篠田さんが、振り返って私を見上げた。
そして、嬉しそうにほほ笑んだ。