シングルマザー・イン・NYC
篠田樹

別れてから一年以上たった今でも思い出す。

希和は、特別だった。

真っすぐにアイリスを見つめる姿が印象的で、思えばあれは一目惚れだったのだろう。

幸運にも美容室で再会し、付き合うようになると、どんどん惹かれていった。
一緒に過ごすのが何より楽しかった。

美容師と弁護士。
ぜんぜん違う職種だが、それが逆に新鮮で、何より彼女がひたむきに頑張って生きている姿が好きだった。

希和との出会いからプロポーズに至るまで、すべてが緊張の連続で、そんな自分が滑稽でもあり、ああ本気で人を好きになると、自分はこんなふうになるのかと、新たな発見でもあった。

篠田家の一人息子である俺は、いずれ家業――政治家が家業と言えるのならばだが――を継がなくてはならず、でも親の言いなりになるのは嫌で、政治家でJ党の実力者だった親父の秘書になるのではなく、弁護士の道を選んだ。

弁護士として力を付けようと、国内の大手事務所に入っただけでなく、その後留学してニューヨークの弁護士資格まで取った。

父親はまだ六十歳で、政治家としては中堅。
この先十五年は現役でいるのではと思っていた。
それまでは弁護士として働いて、父が亡くなったら跡を継ぐかどうか、本気で考えればいい――そう思っていた。

それが、突然末期のがんだと判明し、あっけなく他界。
次の衆議院選挙にはお前が出馬しろと、後援会や親せきがうるさく言ってくるようになった。
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