エリート脳外科医は政略妻に愛の証を刻み込む
雅樹も怖いけれど、父に比べたらまだ話し合いができそうな相手に思えた。

(香坂先生、さっきはナースステーションにいたけど、まだいるかな……)

捜すまでもなく、雅樹と階段を上りきったところで鉢合わせた。

「あっ」と声をあげて友里は立ち止まったが、彼は無表情に「お疲れさま」と言って、友里の横をすり抜ける。

素っ気なく階段を下りていく白衣の背を、友里は「待ってください!」と呼び止めた。

振り向いて友里を見上げた彼は、なおもポーカーフェイスである。

「あ、あの、今、父から結婚の話を聞いて――」

雅樹が片手を前に出して、友里を黙らせた。

「こっち」とそれだけ言って、次のステップを踏む。

ついて来いという意味だと理解した友里は、足早に階段を下りる彼の背を追った。

再び三階へ。

入ったのは『家族控室』と書かれた部屋だ。

手術中に患者の家族が待機するための部屋で、この時間はどの科のオペも終了しているため、控室も使われていなかった。

広さは六畳ほど。

ソファセットとテレビ、ウォーターサーバーがあるだけのシンプルな設えである。

時刻は十八時。

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