エリート脳外科医は政略妻に愛の証を刻み込む
キョトンとしてしまったのは、問われた意味をすぐに理解できなかったからだ。

一拍置いて、結婚相手にどうだと聞かれたのだと気づき、たちまち慌てる。

「お父さん、私はまだ二十四歳で、結婚なんて――」

「菫(すみれ)は二十二の時に嫁いできたぞ」

菫とは友里の母の名で、父とは十一の歳の差があった。

(お母さんはそうかもしれないけど、これから働こうとしている私は、まだ結婚を考えたくないのに……)

どう断ろうかと焦っていたが、「確かにまだ早そうだな」と父が笑ったので、どうやら冗談であったらしい。

その後は、目を通しておけとガイダンスや資料を渡され、退室する。

廊下に出ると、友里はホッと息をついた。

(私、働くことを許されたんだ。勇気を出してよかった……)

もうすぐ九月。顔を上げれば、窓から差し込む日差しが眩しくて、目を細める。

大人しく控えめな性格の友里が、わくわくと静かに胸を高鳴らせていた。


働くことを許された日から二週間ほどが経った。

友里は堂島記念病院の、脳神経外科病棟にいる。

この病院は八つの診療科と約五百の入院病床を持つ。

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