5時からヒロイン
結局、なんの連絡もないまま週が明けた。イラつく私は、平常心を保つのがやっと。

「くそう……これってさあ、やり逃げワンナイトラブの時と一緒じゃない。社長はそういう趣向なわけ!?」

鳴らないスマホを掴んで、今にも変形しそうな程力を込めて握る。

「こうなったら……こうしてやる」

スマホの連絡先から社長を選んで名前を変更する。

「やり逃げヤロウ……登録……よし」

ざまあみろ。成敗してくれるわ、待ってろ本当に。私の反撃が始まるのだ。
たったこれだけのことだけど、少しは怒りが収まる。

「いざ、出陣!」

鼻息荒く出勤する。今週には早速合コンの予定も入っている。弥生はすぐにセッティングしてくれ、ラインで合コンの日程をよこした。
こんな形でしか仕返しできない愚かな私。ドラマのような復讐劇を狙いたいけれど、そこまでの悪女でもない。

「なんでも中途半端なんだから」

怒っているときはとことん地に落としてやりたいと思うけれど、ほんの少しの優しさや放っておけないような場面に遭遇してしまうと、情にほだされてしまう私は男に騙されやすいのだろうか。

「おはようございます」
「おはよう。水越さん、お疲れだったね」

部長はにこやかに笑って労ってくれた。なんだか、大福様に見えてすがりたくなっちゃう。細山部長を太山部長といじってごめんなさいと、心の中でお詫びする。

「部長こそお疲れさまでした。ゆっくりお休みになれましたか?」

いやだ、いつも言わない優しく労う言葉がすらすら出てくるなんて。傷心旅行に行ったほうがいいかしら。
唐突だけど昨日、最後に食べたお菓子がポッキーだった。

「辞める、辞めない、辞める、辞めない」

仕事を辞めるか、辞めないかと、ポッキー占いまでしちゃったわよ。そして、最後の一本は「辞める」だった。ナーバスになっている私の心を、甘いポッキーは癒してくれなかった。
秘書課の玉の輿平均年齢を押し上げてしまっているし、達磨落としのように、下がどんどんなくなって頭の私が最後まで残っている。

「やりたくない」
「は?」

新聞を整理しているとき、心の声が駄々洩れてしまった。

「あ、月曜日は仕事をしたくないなって……」
「そうですよね、私も休みたかったですもん」
「そう、そう」

秘書課の女子達は同じだと、強くうなずいた。

「体調はどうですか? 少しお疲れなんじゃないですか?」
「神原さんは優しいのね……」

正直言って、一応、上司の自覚がある私は弱音をはいたことがない。そんな私だから、神原さんは心配してくれたのかもしれない。人の優しさが身に染みる。
入院の時といい、今といい、今年は人の優しさに触れる機会が多い年だ。
なのに、五代め。私を傷つけおって、なめんじゃないわよ。
あ、なんだか力がみなぎってきた。怒りを力に変えるって本当なんだ。

「行きます」
「はい」

新聞とバッグを抱えて、社長室に向かう。どんな顔をして待っているのかと思うと、少しだけ不安。

「ふう~」

ドアの前で呼吸を整えて、ノックをする。

「はい」
「失礼します」

いつものように入っていくと、社長はいつもと変わらずパソコンに向かっていた。

「おはようございます」
「おはよう、園遊会はお疲れだったね」
「いいえ……秘書として当然のことをしたまでです。新聞でございます」
「ん……」

げ、げ、げ……。本当にいつもと変わらない。そして私が小さくなっているのはなんで!?

「本日の予定でございます」

ぎっしりと詰まっている予定を読み上げている間も、いつもと同じ。彼女を前に、見合い相手の接待をさせたのに、言い訳すらもしないなんて、人間じゃない。
分かった、社長は血の通っていない人造人間だったんだ。そうか、そうだったのか。人造人間でもムラムラして、女が欲しくなるのか。実に興味深い。
身体の中に流れている血は何色だろう。もしかして緑とか、それって妖怪人間じゃない。いづれにしても血の通った人間じゃないことは確かだ。

「以上でございます。何かございますか?」
「いや、ないよ」
「では、本日もよろしくお願いいたします」
「ん」

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