5時からヒロイン
社長室まえのデスクに座ると、現実か夢かと訳が分からない。
「……」
何から手をつければいいんだったっけ? それすらも分からなくなっているほど、頭が混乱している。
弥生の言葉を思い出す。
「見合いのことなんか言うわけないじゃん」
そうだった。見合いのことは知らないことになっているんだった。
「くそう、役者だな」
私は何も悪くないんだから、小さくなっていることなんかないんだ。そうだ、そうだった。
しゅんとなって座っていたけど、むくむくと力がみなぎってきた。
そんな時、社長が部屋から出てきた。
「沙耶」
「え? あ、はい。なんでしょうか?」
「コーヒーは?」
いけない。毎朝、新聞と一緒に出していたコーヒーを忘れていた。
「申し訳ありません、すぐにお持ちします」
「沙耶」
「はい」
「疲れたか?」
いやん、優しい。いつもキリリとしている目は、心配しているのか少し下がっている。
「沙耶」
いつものように腰に手を回して引き寄せると、軽くキスをしてくれた。嬉しい、やっぱり私は社長が好きだと再認識する。
でも……。
キスから伝わる温度が、前と違うような気がするのはなぜなのだろう。あれだけ熱い体温を感じていたのに、今はとても冷たく感じる。
「園遊会までスケジュールが詰まって大変だったからな。少し休んではどうだ? 有休を使えばいい」
「……社長」
やった、有休消化。いいや、社長が仕事をしているならご一緒に。
これが前の私。今は、今はなんだろう。休んでも何もすることがなくて、なんの予定もないなんて、なんとつまらない人間なのか。私の頭の中は、いつから仕事と社長だけになっていたのだろうか。
「月曜日だからです、月曜日は一週間の始まりですから」
「そうか?」
「はい」
「体調が悪くなったら、すぐに言うんだぞ?」
「わかりました」
私のことを心配してくれる社長。いつもと変わりない社長。それは私が見合いのことを知っているとは思っていないからだと思う。だからこそ、聞きたくても聞けないのだ。
見合いのことを問いただしてしまうと、秘書課自体信頼されなくなってしまうかもしれない。それは見合いのことを教えてくれた並木さんも一緒。誰から聞いたのかと問いただされたとき、並木さんの名前は言えない。守秘義務がある秘書として失格のような気がするから。
普通にしなくちゃと仕事以外でがんぱったせいで、昼休憩になるとぐったりしてしまった。
それに、昼休憩は二人が恋人になれる短い時間なのに、憂鬱だし何を話せばいいかもわからない。
「外に出ちゃおうかな?」
別に毎日一緒に食べなくてもいいんだから、外に出たって構わない。財布を持って社長室のドアをノックする。
毎日の習慣になってしまっているから、何も言わないのはさすがに子供のようで、嫌だ。
「はい」
「失礼します。ランチ、外出ますね」
「外?」
「はい、秘書課の子達と約束していまして」
「そうか、分かった」
「すみません」
こういう時の嘘はなんだか後ろめたい。きっと社長のことだから、私の様子がおかしいことに気が付いているはず。
「これは、意地の張り合いになるわね。長期戦も覚悟よ」
優しさに惑わされず、社長が参ったと白旗を上げてくるまで私は戦うぞ。
「……」
何から手をつければいいんだったっけ? それすらも分からなくなっているほど、頭が混乱している。
弥生の言葉を思い出す。
「見合いのことなんか言うわけないじゃん」
そうだった。見合いのことは知らないことになっているんだった。
「くそう、役者だな」
私は何も悪くないんだから、小さくなっていることなんかないんだ。そうだ、そうだった。
しゅんとなって座っていたけど、むくむくと力がみなぎってきた。
そんな時、社長が部屋から出てきた。
「沙耶」
「え? あ、はい。なんでしょうか?」
「コーヒーは?」
いけない。毎朝、新聞と一緒に出していたコーヒーを忘れていた。
「申し訳ありません、すぐにお持ちします」
「沙耶」
「はい」
「疲れたか?」
いやん、優しい。いつもキリリとしている目は、心配しているのか少し下がっている。
「沙耶」
いつものように腰に手を回して引き寄せると、軽くキスをしてくれた。嬉しい、やっぱり私は社長が好きだと再認識する。
でも……。
キスから伝わる温度が、前と違うような気がするのはなぜなのだろう。あれだけ熱い体温を感じていたのに、今はとても冷たく感じる。
「園遊会までスケジュールが詰まって大変だったからな。少し休んではどうだ? 有休を使えばいい」
「……社長」
やった、有休消化。いいや、社長が仕事をしているならご一緒に。
これが前の私。今は、今はなんだろう。休んでも何もすることがなくて、なんの予定もないなんて、なんとつまらない人間なのか。私の頭の中は、いつから仕事と社長だけになっていたのだろうか。
「月曜日だからです、月曜日は一週間の始まりですから」
「そうか?」
「はい」
「体調が悪くなったら、すぐに言うんだぞ?」
「わかりました」
私のことを心配してくれる社長。いつもと変わりない社長。それは私が見合いのことを知っているとは思っていないからだと思う。だからこそ、聞きたくても聞けないのだ。
見合いのことを問いただしてしまうと、秘書課自体信頼されなくなってしまうかもしれない。それは見合いのことを教えてくれた並木さんも一緒。誰から聞いたのかと問いただされたとき、並木さんの名前は言えない。守秘義務がある秘書として失格のような気がするから。
普通にしなくちゃと仕事以外でがんぱったせいで、昼休憩になるとぐったりしてしまった。
それに、昼休憩は二人が恋人になれる短い時間なのに、憂鬱だし何を話せばいいかもわからない。
「外に出ちゃおうかな?」
別に毎日一緒に食べなくてもいいんだから、外に出たって構わない。財布を持って社長室のドアをノックする。
毎日の習慣になってしまっているから、何も言わないのはさすがに子供のようで、嫌だ。
「はい」
「失礼します。ランチ、外出ますね」
「外?」
「はい、秘書課の子達と約束していまして」
「そうか、分かった」
「すみません」
こういう時の嘘はなんだか後ろめたい。きっと社長のことだから、私の様子がおかしいことに気が付いているはず。
「これは、意地の張り合いになるわね。長期戦も覚悟よ」
優しさに惑わされず、社長が参ったと白旗を上げてくるまで私は戦うぞ。