5時からヒロイン
「別れる?」
「私に愛人になれって言うんですか? このあたくし、水越沙耶を前にして愛人になれと? まあ、ずいぶん傲慢ですこと。ほほほほっ! ファイブスターに水越ありと言われたこのあたくしを、離したくないという気持ちは十分に分かりますけども、それはご無体な仕打ち。そのようなことを申し出るのであれば、あたくしはたま子と一緒に社を去らせていただきますわ」
「沙耶……」
「何よ!」
社長はめちゃくちゃ困った顔をしている。自分でも分かるくらい酔っているからこそ、今まで言えなかったことが言える、気の小さい女にここまで言わせるなんて、男としてどうなの?
「酔いを覚ましてから、もう一度話そう? な? だから降りてこっちにおいで」
両手を広げて私を待っている。ああ、その胸に飛び込みたい。まるで磁石で吸い寄せられるように社長の手を取ろうとしてしまう。
「そ、その手にはのらないから!」
「……う~ん、困ったな」
「もっと困ればいいんですよ。それくらい私は傷ついてるんだから」
泣きたい。子供のように声を出して泣きたい。だって好きなんだもん。ずっと、ずっと好きでどうしようもなかった人だから。嫌味だって言いたくないけど、そういわないと別れを切り出せない自分がいた。
私が想像していたのは、たくさん言い訳をして謝る社長の姿だったけど、目の前にいる社長は、優しくて私の嫌味も黙って聞いてなだめる姿だ。
「花やしきだって、ハリーポッターだってディズニーランドだって行ってくれないし、温泉とかスパとかだって行ってくれないじゃない!!」
「行くよ。沙耶が行きたいところはどこでも行くよ」
「嘘ばっかり! 行くところが想像できないもん! そうやって喜ばせておいて落とす作戦なんだ……大っ嫌い!!……うっ」
「沙耶!」
興奮したせいか、猛烈な吐き気が襲った。ここで吐いたら出入り禁止の刑になっちゃうし、無様な姿は見せられない。
口から出てしまう前にトイレに急ぐ。私の家なら三歩でトイレなのに、社長の家は遥かかなた向こうに目指すトイレがある。
ワインボトルとたま子を放り出して、トイレに一目散に走る。社長も後をついてくるけど振り切る程の速さ。
「うえっ……」
すんでのところでトイレに間に合い、事なきを得る。
「沙耶、開けて」
「だ、だめ」
「いいから」
「だめ……うっ」
いくらなんでも吐いているところを見せられない。ここは何とか吐ききってしまって、楽になるのが一番だ。
しでかしてしまった時、記憶がないだけで二日酔いにはならなかったけど、何が違うのだろう。
「沙耶、開けなさい」
「無理……」
どんどんとトイレのドアを叩く社長は、本当に心配しているみたいだけど、今はそっとしておいてほしいのが女心というもの。
それから私はトイレがお友達。もう死ぬんじゃないかと思ったけど、何とか生きていた。
トイレのドアを開けると、長い廊下の向こうから走って向かってくる社長の姿が見えた。
「沙耶、少しは良くなったか?」
「……」
声なんか出なくて、頷くだけ。吐くって相当な体力を要するみたいで、本当にぐったりだ。
立ち上がれない私を社長は抱き上げてくれ、本当に申し訳なくなる。
「水を持ってくるから」
ソファに降ろされると、今度は頭が痛くなってきて、目も回っているよう。目を開けていると部屋がぐるぐると回ってい見える。
「だめだ……」
私が横になっても余るほどの長さがあるソファにゴロンと横になる。
「……最悪」
「沙耶、水」
「……は、い」
水がこんなにもおいしいと思ったのは初めてだ。胃の中の物を吐き出して、水で洗浄しているよう。
「まだ飲むか?」
「うん」
社長がすべて悪いんだ。こんな風になったのも全部社長のせい。胃腸炎が再発して手術にでもなって傷物になったら、訴えてやる。
「もう……許さないんだから……」
怒り心頭のまま、私は眠ってしまった。
「私に愛人になれって言うんですか? このあたくし、水越沙耶を前にして愛人になれと? まあ、ずいぶん傲慢ですこと。ほほほほっ! ファイブスターに水越ありと言われたこのあたくしを、離したくないという気持ちは十分に分かりますけども、それはご無体な仕打ち。そのようなことを申し出るのであれば、あたくしはたま子と一緒に社を去らせていただきますわ」
「沙耶……」
「何よ!」
社長はめちゃくちゃ困った顔をしている。自分でも分かるくらい酔っているからこそ、今まで言えなかったことが言える、気の小さい女にここまで言わせるなんて、男としてどうなの?
「酔いを覚ましてから、もう一度話そう? な? だから降りてこっちにおいで」
両手を広げて私を待っている。ああ、その胸に飛び込みたい。まるで磁石で吸い寄せられるように社長の手を取ろうとしてしまう。
「そ、その手にはのらないから!」
「……う~ん、困ったな」
「もっと困ればいいんですよ。それくらい私は傷ついてるんだから」
泣きたい。子供のように声を出して泣きたい。だって好きなんだもん。ずっと、ずっと好きでどうしようもなかった人だから。嫌味だって言いたくないけど、そういわないと別れを切り出せない自分がいた。
私が想像していたのは、たくさん言い訳をして謝る社長の姿だったけど、目の前にいる社長は、優しくて私の嫌味も黙って聞いてなだめる姿だ。
「花やしきだって、ハリーポッターだってディズニーランドだって行ってくれないし、温泉とかスパとかだって行ってくれないじゃない!!」
「行くよ。沙耶が行きたいところはどこでも行くよ」
「嘘ばっかり! 行くところが想像できないもん! そうやって喜ばせておいて落とす作戦なんだ……大っ嫌い!!……うっ」
「沙耶!」
興奮したせいか、猛烈な吐き気が襲った。ここで吐いたら出入り禁止の刑になっちゃうし、無様な姿は見せられない。
口から出てしまう前にトイレに急ぐ。私の家なら三歩でトイレなのに、社長の家は遥かかなた向こうに目指すトイレがある。
ワインボトルとたま子を放り出して、トイレに一目散に走る。社長も後をついてくるけど振り切る程の速さ。
「うえっ……」
すんでのところでトイレに間に合い、事なきを得る。
「沙耶、開けて」
「だ、だめ」
「いいから」
「だめ……うっ」
いくらなんでも吐いているところを見せられない。ここは何とか吐ききってしまって、楽になるのが一番だ。
しでかしてしまった時、記憶がないだけで二日酔いにはならなかったけど、何が違うのだろう。
「沙耶、開けなさい」
「無理……」
どんどんとトイレのドアを叩く社長は、本当に心配しているみたいだけど、今はそっとしておいてほしいのが女心というもの。
それから私はトイレがお友達。もう死ぬんじゃないかと思ったけど、何とか生きていた。
トイレのドアを開けると、長い廊下の向こうから走って向かってくる社長の姿が見えた。
「沙耶、少しは良くなったか?」
「……」
声なんか出なくて、頷くだけ。吐くって相当な体力を要するみたいで、本当にぐったりだ。
立ち上がれない私を社長は抱き上げてくれ、本当に申し訳なくなる。
「水を持ってくるから」
ソファに降ろされると、今度は頭が痛くなってきて、目も回っているよう。目を開けていると部屋がぐるぐると回ってい見える。
「だめだ……」
私が横になっても余るほどの長さがあるソファにゴロンと横になる。
「……最悪」
「沙耶、水」
「……は、い」
水がこんなにもおいしいと思ったのは初めてだ。胃の中の物を吐き出して、水で洗浄しているよう。
「まだ飲むか?」
「うん」
社長がすべて悪いんだ。こんな風になったのも全部社長のせい。胃腸炎が再発して手術にでもなって傷物になったら、訴えてやる。
「もう……許さないんだから……」
怒り心頭のまま、私は眠ってしまった。