5時からヒロイン
気持ち悪さが少し残っていて、寝返りを打つたびに胃がねじれて、中身が出てきそうだった。お酒で眠くなっただけで、熟睡しているわけじゃなかった。
「う……ん……頭が痛い……」
ズキンズキンというよりも頭の中でゴンゴンと鐘が鳴っている。部屋は暗くなっていてスタンドの間接照明だけになっていた。
何がそんなに気に入ったのか、私はワインボトルとたま子を脇に抱えていた。
「喉が乾いた」
「水でいいか?」
どこからか社長の声がする。ぐるりと周りを見渡すと、窓際にあるチェアに座っていた。私が起きたことを確認すると、部屋の電気を点けて明るくした。
社長の顔は見事に怒っていて、青筋よりも睨みが強烈で目を合わせられない。
「ねんねんよ~、ねんねんよ~」
「子守歌なんか唄っている場合じゃない!」
ワインボトルとたま子を横抱きにして、子守歌を唄ってみたらさらに怒りが大きくなってしまった。
「痛い、痛い」
身体の不調を訴えてみる。
「自業自得だ」
優しくない。
「い~だ」
まったくと言いながらも水を持ってきてくれて、私の藍沢先生は社長だったらしい。毛布もかかっていたし、枕代わりのクッションは枕に変わっていたし。それに、ずっと起きて様子を見てくれていたから。
「お見合い相手と結婚するんでしょ? すればいいじゃない。こうなったのも全部社長のせいですよ!」
「見合いの話は誰から聞いたんだ?」
「な……風が教えてくれたんです」
並木さんの名前を言ったら、口が軽い秘書だと思われちゃう。
「風がそんなことを教えるわけがないだろうが」
「教えるもん」
「あらかた親父が言ったんだろう」
当たってる。
「それで、俺が見合いをすると知ったんだな」
頷く。
「見合いをするのは弟だ」
「オ・ト・ウ・ト? おとうと、弟?」
安い三文小説にはまだ勘違いと、早とちりというネタも残っていたけど、想像をはるかに超えた弟という存在もあったか。私の想像力はまだまだだった。
確かに社長には弟がいる。ファイブスターに勤務しているけど、その弟と結婚するにしても歳が離れすぎてはいないか。社長とだって不純異性交友になるのに、弟だってその対象になりかねない。まったく兄弟揃ってロリコン趣味なんだ。
「三番目のな」
「三番目?」
もしかして五代三兄弟なのか? てっきり二人兄弟だと思っていたけど、三人いたとは思いもよらなかった。想像力を遥か上を行く五代兄弟。
「俺も二番目も偽名を使って入社していたのは知っていると思うが、末っ子は少し歳が離れていて、今は違う会社に勤務しているんだ」
「はぁ……」
「そろそろファイブスターに入社する時期だと親父と話していたんだが、入社前に結婚をさせたほうがいいと両親が言い出したんだ」
「なんで結婚を急ぐの?」
「……まあ、なんというか……その……女遊びが激しくて」
言いにくそうに言ったところを見ると、私の知っている兄弟とは正反対らしい。ファイブスターにいる弟は、物腰が柔らかくて優しいと評判だ。顔つきも社長とは違ってかわいらしい感じで、ブラックとホワイトと言うのがあってる。
社長は少し俺様な感じだけど、それは社長業をしているときだけで、私といるときはそこまで強い感じじゃない。すると、三番目は誰に似たのか分からないような、強烈なキャラなのか。結婚でもさせて、落ち着かせようという魂胆だったのだろう。
「花畑さんとは親父も昔からの長い付き合いで、子供同士を見合いさせようということになったらしい。確かにまだ、見合いで結びつきを強くするという選択肢はあるが、今時だろ? 当然、二人とも拒んでね」
「そうでしょうね」
合コンだってマッチングアプリだって、今時の言い方になっているだけで、見合いと一緒。それもいいと思うのは、私が歳を重ねたせいかな?
「花畑さんが直接親父に断りたいと、連絡をしてきたのが園遊会の始まる直前だった。沙耶に言おうにもタイミングが掴めないし、弟のことは口外出来なかったんだ。そういうこともあって見合いの相手を俺だと、親父が言ったんだろうな」
「……」
兄弟のことを内緒にするからこんな勘違い事件をおこしちゃうのだ。確かに、身内が入社するときは、本人が仕事がやりにくくなるのを防ぐために、偽名を使って勤務している。コネ入社は企業じゃ当たり前だけど、必死になって入社してきた社員にとっては、いい気持ちはしないからだ。
このことでいつも思うんだけど、同僚として接してきた人が、実は偽名を使っていて創業者一族だったと知ったら、裏切られたような気分にならないだろうか。
「ちょうど園遊会の日だし、見ていかないかと俺が誘ったんだ」
「ぶぅ~。すぐに教えれくれればいいじゃないですか!」
「わざとアイスコーヒーにして甘くしただろ。彼女のジュースも氷をいっぱいいれて」
すべてお見通しだったわけね。私もまだまだね。
「ふん」
「次に来た時も、激甘コーヒーにしやがって」
「……」
思い出して笑いそうになるけど、ぐっと我慢。
「その仕返しだ」
「なによ! 倍返し以上にいじわるして! 私がどれだけ悩んで悲しんだと思ってるの! そんな人とは付き合えない! 別れる」
「俺は別れない」
「別れるもん」
「ずっと想っていた女を彼女にできて、離すわけがないだろう?」
「いやですよ」
「沙耶のことを誰よりも思ってる」
「……」
「一風変わってるけど、飽きなくていいし」
「芸人じゃないもん」
「好きだよ」
「……」
「愛してる」
やばい、泣きそうだし、いつになく社長が優しい。
「一生懸命でそそっかしくて、単純だけど素直な沙耶を愛してる」
もっと出てくるかな、愛の言葉。浴びるほど私に降り注いでほしい。
「俺は意外と一途だ。知ってるだろう?」
「うん」
「遊園地だって、映画だって、ディズニーランドでもキャンプでも釣りでもなんでも沙耶が行きたいところに行こう。二人でいる時間を作ろう。ごめんな、俺が沙耶に甘えてたんだよ」
「行ってくれるの?」
「まあ、少し苦手だけどな。頑張るよ」
社長が私のために苦手なことを克服してくれるというの? もしかして私の方が秘書の延長線上で社長と付き合ってたのかもしれない。
ずっと敬語だったし、わがままも言えなかったし、デートでも自分の食べたいものなんか言えなかった。いつでも何が食べたいとか、どこに行きたいとか聞いてくれてたけど、社長にあったレベルの女でいようと、気取って言わなかった。
ラーメン、餃子が好きだけど、フレンチにイタリアンを食べていた。自分をさらけ出さないで付き合いなんて長く続くはずもない。
「沙耶の前で俺は、五代真弥でいたい」
社長はいつも緊張している。それは企業を背負っている人の宿命だ。それでも私がそうであるように、安らぎたいときもあるし、甘えたいときもあるだろう。
無意識に完璧を求めてしまっていたけど、そうじゃない。
理性を飛ばして私を抱いてしまったと言った時も、なかなか問題は解決しなくて、私は胃腸炎になってしまった。その間も社長は、言い出す勇気がなかったり、戸惑ったり、悩んだり、どうしよう、どうしようと慌てていたかもしれない。
私が大人で完璧だと思っているから、失望させないようにと、肩ひじ張って頑張ってたのかもしれない。
社長を社長という枠にはめ込んでいたのは、私だった。そしてちょっぴり不器用な彼を私はとっても愛している。
「愛してるよ、沙耶」
「うん」
「でもな……」
「うん?」
なになに? いったい何が言いたいのだ?
「もし気分が戻っているなら、シャワーを浴びたらどうだろう。とても勇気がいることだけど、酷い顔だ」
「え!!」
「う……ん……頭が痛い……」
ズキンズキンというよりも頭の中でゴンゴンと鐘が鳴っている。部屋は暗くなっていてスタンドの間接照明だけになっていた。
何がそんなに気に入ったのか、私はワインボトルとたま子を脇に抱えていた。
「喉が乾いた」
「水でいいか?」
どこからか社長の声がする。ぐるりと周りを見渡すと、窓際にあるチェアに座っていた。私が起きたことを確認すると、部屋の電気を点けて明るくした。
社長の顔は見事に怒っていて、青筋よりも睨みが強烈で目を合わせられない。
「ねんねんよ~、ねんねんよ~」
「子守歌なんか唄っている場合じゃない!」
ワインボトルとたま子を横抱きにして、子守歌を唄ってみたらさらに怒りが大きくなってしまった。
「痛い、痛い」
身体の不調を訴えてみる。
「自業自得だ」
優しくない。
「い~だ」
まったくと言いながらも水を持ってきてくれて、私の藍沢先生は社長だったらしい。毛布もかかっていたし、枕代わりのクッションは枕に変わっていたし。それに、ずっと起きて様子を見てくれていたから。
「お見合い相手と結婚するんでしょ? すればいいじゃない。こうなったのも全部社長のせいですよ!」
「見合いの話は誰から聞いたんだ?」
「な……風が教えてくれたんです」
並木さんの名前を言ったら、口が軽い秘書だと思われちゃう。
「風がそんなことを教えるわけがないだろうが」
「教えるもん」
「あらかた親父が言ったんだろう」
当たってる。
「それで、俺が見合いをすると知ったんだな」
頷く。
「見合いをするのは弟だ」
「オ・ト・ウ・ト? おとうと、弟?」
安い三文小説にはまだ勘違いと、早とちりというネタも残っていたけど、想像をはるかに超えた弟という存在もあったか。私の想像力はまだまだだった。
確かに社長には弟がいる。ファイブスターに勤務しているけど、その弟と結婚するにしても歳が離れすぎてはいないか。社長とだって不純異性交友になるのに、弟だってその対象になりかねない。まったく兄弟揃ってロリコン趣味なんだ。
「三番目のな」
「三番目?」
もしかして五代三兄弟なのか? てっきり二人兄弟だと思っていたけど、三人いたとは思いもよらなかった。想像力を遥か上を行く五代兄弟。
「俺も二番目も偽名を使って入社していたのは知っていると思うが、末っ子は少し歳が離れていて、今は違う会社に勤務しているんだ」
「はぁ……」
「そろそろファイブスターに入社する時期だと親父と話していたんだが、入社前に結婚をさせたほうがいいと両親が言い出したんだ」
「なんで結婚を急ぐの?」
「……まあ、なんというか……その……女遊びが激しくて」
言いにくそうに言ったところを見ると、私の知っている兄弟とは正反対らしい。ファイブスターにいる弟は、物腰が柔らかくて優しいと評判だ。顔つきも社長とは違ってかわいらしい感じで、ブラックとホワイトと言うのがあってる。
社長は少し俺様な感じだけど、それは社長業をしているときだけで、私といるときはそこまで強い感じじゃない。すると、三番目は誰に似たのか分からないような、強烈なキャラなのか。結婚でもさせて、落ち着かせようという魂胆だったのだろう。
「花畑さんとは親父も昔からの長い付き合いで、子供同士を見合いさせようということになったらしい。確かにまだ、見合いで結びつきを強くするという選択肢はあるが、今時だろ? 当然、二人とも拒んでね」
「そうでしょうね」
合コンだってマッチングアプリだって、今時の言い方になっているだけで、見合いと一緒。それもいいと思うのは、私が歳を重ねたせいかな?
「花畑さんが直接親父に断りたいと、連絡をしてきたのが園遊会の始まる直前だった。沙耶に言おうにもタイミングが掴めないし、弟のことは口外出来なかったんだ。そういうこともあって見合いの相手を俺だと、親父が言ったんだろうな」
「……」
兄弟のことを内緒にするからこんな勘違い事件をおこしちゃうのだ。確かに、身内が入社するときは、本人が仕事がやりにくくなるのを防ぐために、偽名を使って勤務している。コネ入社は企業じゃ当たり前だけど、必死になって入社してきた社員にとっては、いい気持ちはしないからだ。
このことでいつも思うんだけど、同僚として接してきた人が、実は偽名を使っていて創業者一族だったと知ったら、裏切られたような気分にならないだろうか。
「ちょうど園遊会の日だし、見ていかないかと俺が誘ったんだ」
「ぶぅ~。すぐに教えれくれればいいじゃないですか!」
「わざとアイスコーヒーにして甘くしただろ。彼女のジュースも氷をいっぱいいれて」
すべてお見通しだったわけね。私もまだまだね。
「ふん」
「次に来た時も、激甘コーヒーにしやがって」
「……」
思い出して笑いそうになるけど、ぐっと我慢。
「その仕返しだ」
「なによ! 倍返し以上にいじわるして! 私がどれだけ悩んで悲しんだと思ってるの! そんな人とは付き合えない! 別れる」
「俺は別れない」
「別れるもん」
「ずっと想っていた女を彼女にできて、離すわけがないだろう?」
「いやですよ」
「沙耶のことを誰よりも思ってる」
「……」
「一風変わってるけど、飽きなくていいし」
「芸人じゃないもん」
「好きだよ」
「……」
「愛してる」
やばい、泣きそうだし、いつになく社長が優しい。
「一生懸命でそそっかしくて、単純だけど素直な沙耶を愛してる」
もっと出てくるかな、愛の言葉。浴びるほど私に降り注いでほしい。
「俺は意外と一途だ。知ってるだろう?」
「うん」
「遊園地だって、映画だって、ディズニーランドでもキャンプでも釣りでもなんでも沙耶が行きたいところに行こう。二人でいる時間を作ろう。ごめんな、俺が沙耶に甘えてたんだよ」
「行ってくれるの?」
「まあ、少し苦手だけどな。頑張るよ」
社長が私のために苦手なことを克服してくれるというの? もしかして私の方が秘書の延長線上で社長と付き合ってたのかもしれない。
ずっと敬語だったし、わがままも言えなかったし、デートでも自分の食べたいものなんか言えなかった。いつでも何が食べたいとか、どこに行きたいとか聞いてくれてたけど、社長にあったレベルの女でいようと、気取って言わなかった。
ラーメン、餃子が好きだけど、フレンチにイタリアンを食べていた。自分をさらけ出さないで付き合いなんて長く続くはずもない。
「沙耶の前で俺は、五代真弥でいたい」
社長はいつも緊張している。それは企業を背負っている人の宿命だ。それでも私がそうであるように、安らぎたいときもあるし、甘えたいときもあるだろう。
無意識に完璧を求めてしまっていたけど、そうじゃない。
理性を飛ばして私を抱いてしまったと言った時も、なかなか問題は解決しなくて、私は胃腸炎になってしまった。その間も社長は、言い出す勇気がなかったり、戸惑ったり、悩んだり、どうしよう、どうしようと慌てていたかもしれない。
私が大人で完璧だと思っているから、失望させないようにと、肩ひじ張って頑張ってたのかもしれない。
社長を社長という枠にはめ込んでいたのは、私だった。そしてちょっぴり不器用な彼を私はとっても愛している。
「愛してるよ、沙耶」
「うん」
「でもな……」
「うん?」
なになに? いったい何が言いたいのだ?
「もし気分が戻っているなら、シャワーを浴びたらどうだろう。とても勇気がいることだけど、酷い顔だ」
「え!!」