5時からヒロイン
五代真弥 社長編
俺としたことが、ずいぶんと年下の女を好きなってしまったもんだ。
それも母親と同じ秘書。
「いい女になるな」
青田買いじゃないが、直感で思ったことだ。
「玉の輿課」と呼ばれる我がファイブスター製薬の秘書課。ずいぶんと軽い別名がついたものだ。
腰掛同然で仕事をしている秘書たちの中で、仕事を覚えようと一生懸命になっているところが健気で良かった。
「玉の輿課ねぇ」
軽々しい呼び名だが、俺も親父も秘書を好きになっているのだから、そう呼ばれても仕方がない。
「おはようございます」
今日も凛々しく登場した水越沙耶。
入社したての頃は、リクルートスーツに身を包み、お世辞にも秘書とは言い難い服装で、垢抜けない野暮ったい女だったが、素材の良さも相まって、見事に開花して光り輝いている。
長身でスラリとした脚。よく転ばないものだと感心するハイヒールを履いて、颯爽と仕事をする。
新人と言ってもいいような時期に、俺は社長秘書として抜擢した。
秘書として一人前になろうと、必死で勉強をして努力をする姿が可愛かった。
「新聞です。コーヒーです」
彼女が淹れてくれるコーヒーはとても美味しい。最初に入れてくれたお茶とコーヒーは、お世辞にも美味しいとはいえなかったが、いつの間にかプロ並みに美味しく淹れてくれるようになった。
「本日の予定でございます」
彼女が読み上げるスケジュールは正直、俺にとってはどうでもいい朝の業務だ。
頭にだって入っているし、スケジュール管理は完璧だからな。
だが彼女の声、この鼻にかかったような甘ったるい声が聞きたくて、いつも予定を読み上げさせていた。実に暗い男だ。
「わかった」
秘書としてかなり経つが、会話らしい会話などしたことがない。なんとかコミュニケーションを取りたいと思っているが、社長の肩書が邪魔をする。
「いつも美味しい」
「ありがとうございます」
気の利いたことひとつ言えない俺だが、これだけは素直に言える。
残業も多く、忙しくさせてしまって申し訳ないと思うが、そばに置きたいという俺のわがままに付き合わせている。
休みを取らせず、褒美もやらない。何も与えない俺を支えてくれている。
社長に就任してから、いや、生まれた時から突き進む道が決まっていた俺は、常に緊張していた。
息子の代になったから傾いたと言われないよう、そして何より何千、何万人という社員を路頭に迷わさないようにと、そのことだけを頭に置いていた。
そんな生活を送っていれば、自然と誰も寄り付かなくなるのは当たり前だが、寂しいとは思わなくても、虚しさはあった。
「いい加減結婚しないか」
「うるさいな」
親父でもある会長が顔を見るたびにいう。
うんざりするが、年齢を考えると致し方ない。
「いい人はいないの?」
父親が言うのだから、母親も同じだ。
「いない」
彼女の顔は浮かんだが、正直言ってまるで自信がない。
「見合いをしろ」
「嫌だね」
自分の気持ちに気がついたとき、すぐにでも告白をしていれば、ずるずるとこんな歳になるまで独り身ではいなかっただろう。
「私の傍にいなさい」
唯一言った言葉がこれだ。
社長秘書として、不安げだった彼女に言った言葉だ。守るつもりでもあったし、告白の意味でもあった。
遠回しすぎる言い方でわかるはずもなく、自分の勇気のなさに、かなり落ち込んだ。
ストレートに言うことも出来たかもしれないが、一人前の秘書になるんだと頑張る彼女を見ていて、秘書の仕事を奪うことなんかできなかった。
一人前の秘書になり、すべてを任せてもいいと言える時まで待とう。そんなことを自分勝手に決めていた。
俺にとって彼女は、沙耶は眩しすぎる特別な存在だった。
それも母親と同じ秘書。
「いい女になるな」
青田買いじゃないが、直感で思ったことだ。
「玉の輿課」と呼ばれる我がファイブスター製薬の秘書課。ずいぶんと軽い別名がついたものだ。
腰掛同然で仕事をしている秘書たちの中で、仕事を覚えようと一生懸命になっているところが健気で良かった。
「玉の輿課ねぇ」
軽々しい呼び名だが、俺も親父も秘書を好きになっているのだから、そう呼ばれても仕方がない。
「おはようございます」
今日も凛々しく登場した水越沙耶。
入社したての頃は、リクルートスーツに身を包み、お世辞にも秘書とは言い難い服装で、垢抜けない野暮ったい女だったが、素材の良さも相まって、見事に開花して光り輝いている。
長身でスラリとした脚。よく転ばないものだと感心するハイヒールを履いて、颯爽と仕事をする。
新人と言ってもいいような時期に、俺は社長秘書として抜擢した。
秘書として一人前になろうと、必死で勉強をして努力をする姿が可愛かった。
「新聞です。コーヒーです」
彼女が淹れてくれるコーヒーはとても美味しい。最初に入れてくれたお茶とコーヒーは、お世辞にも美味しいとはいえなかったが、いつの間にかプロ並みに美味しく淹れてくれるようになった。
「本日の予定でございます」
彼女が読み上げるスケジュールは正直、俺にとってはどうでもいい朝の業務だ。
頭にだって入っているし、スケジュール管理は完璧だからな。
だが彼女の声、この鼻にかかったような甘ったるい声が聞きたくて、いつも予定を読み上げさせていた。実に暗い男だ。
「わかった」
秘書としてかなり経つが、会話らしい会話などしたことがない。なんとかコミュニケーションを取りたいと思っているが、社長の肩書が邪魔をする。
「いつも美味しい」
「ありがとうございます」
気の利いたことひとつ言えない俺だが、これだけは素直に言える。
残業も多く、忙しくさせてしまって申し訳ないと思うが、そばに置きたいという俺のわがままに付き合わせている。
休みを取らせず、褒美もやらない。何も与えない俺を支えてくれている。
社長に就任してから、いや、生まれた時から突き進む道が決まっていた俺は、常に緊張していた。
息子の代になったから傾いたと言われないよう、そして何より何千、何万人という社員を路頭に迷わさないようにと、そのことだけを頭に置いていた。
そんな生活を送っていれば、自然と誰も寄り付かなくなるのは当たり前だが、寂しいとは思わなくても、虚しさはあった。
「いい加減結婚しないか」
「うるさいな」
親父でもある会長が顔を見るたびにいう。
うんざりするが、年齢を考えると致し方ない。
「いい人はいないの?」
父親が言うのだから、母親も同じだ。
「いない」
彼女の顔は浮かんだが、正直言ってまるで自信がない。
「見合いをしろ」
「嫌だね」
自分の気持ちに気がついたとき、すぐにでも告白をしていれば、ずるずるとこんな歳になるまで独り身ではいなかっただろう。
「私の傍にいなさい」
唯一言った言葉がこれだ。
社長秘書として、不安げだった彼女に言った言葉だ。守るつもりでもあったし、告白の意味でもあった。
遠回しすぎる言い方でわかるはずもなく、自分の勇気のなさに、かなり落ち込んだ。
ストレートに言うことも出来たかもしれないが、一人前の秘書になるんだと頑張る彼女を見ていて、秘書の仕事を奪うことなんかできなかった。
一人前の秘書になり、すべてを任せてもいいと言える時まで待とう。そんなことを自分勝手に決めていた。
俺にとって彼女は、沙耶は眩しすぎる特別な存在だった。