5時からヒロイン
パーティー会場に向かう車の中で、彼女と打ち合わせをする。
秘書も同行するのが、いつものパターンだったが、今回は控室に待機するとのことだった。

「傍にいないのか」

つかず離れず傍にいるのが当たり前の日常で、つい本音がポロリと出てしまい、慌てて外を見る。

「控えてはおりますから、ご安心ください」

彼女に守られてどうする。
パーティーを主催した会社は、待機する秘書たちにも、食事を用意してくれているとのことだった。
粋な計らいだと、今後の参考にする。
会場に入ると、香水の匂いをぷんぷんとまき散らしたご婦人たちが群がってきた。

「五代社長、相変わらず素敵ですこと」
「恐れ入ります。奥様も変わらずお美しい」
「嫌ですわ」

営業スマイル全開でお世辞を言う俺を、後ろにいる彼女はなんて思うだろう、軽蔑してないだろうか。

「社長、私は控室に下がらせて頂きます」

一通り挨拶を済ませたのを確認すると、彼女が言った。

「分かった」
「御用がございましたらいつでも」

と言って、社用のスマホを見せる。

「分かった」
「では、失礼いたします」

ひときわ目立つ後ろ姿。
背筋が伸び、高いヒールでもぶれることなく歩く姿。
俺じゃなくても見とれてしまうだろう。
早くどうにかしないと、分けの分からない輩に持っていかれてしまう。
やばい、俺は今まで経験したことないような焦りを感じている。
パーティーはどの会社もやることは一緒で、当たり障りのない会話と、日本経済について話すだけで、なんにも楽しいことはない。
だが、俺は老若男女にもモテるようで、堅苦しい話が終わると、すかさずご婦人方のホストになってしまう。

「お飲みになって」
「いただきます」

確かに酒は強いが、酒攻めは勘弁してほしい。
ご婦人が変わる度に酒を持ってくるから、まるで一気飲みのように飲み干してから、次の酒を飲まざるを得ない状態が続いた。

「さすがに酔うな」

パーティーも終わりに近づき、こっそりと会場を出ようと出口に向かう。
なんとか見つからずに出ることが出来ると、そのまま彼女を迎えに行く。

「あ~疲れた。早く沙耶の顔が見たい」

首を長くして待っているだろうか。
待ちくたびれて疲れてはいないだろうか。
帰りは送って行こうか。
などと考えながら、秘書たちが控えているという会場のドアを開けた。

「きゃはははっ」

楽しそうな笑い声が聞こえて、声のするほうを見ると、彼女とそのほか秘書軍団が、大宴会を開いていた。

「おいおいおい……」

俺は大目に見られるが、遥か年上の会長、社長たちは怒りモードになるだろう。
今のうちにお開きにさせなければ、えらいことになる。

「お疲れ様」

俺が声をかけると、輪は一斉に直り直立不動になった。
さすが企業の秘書だ。飲んでいてもそこはちゃんとしている。
心配は取り越し苦労だったようだ。
だが……。

「水越くん」

我が秘書は、どえらいことになっていた。


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