5時からヒロイン
椅子に膝をそろえて座っているが、その横には愛用のパンプスが揃えて脱ぎ捨てられていた。

「これは……酔ってるな」

すぐに介抱してやろうと思ったが、社長の俺が介抱してしまうと、彼女のプライドと秘書として築き上げた信頼が、こんなことで無くなってしまう恐れがある。
そうならないように周りを確認する。

「いないな」

さっきまで宴会を開いていた秘書軍団は、俺が来たことでパーティーが終わったとおもったのだろう。既に姿はなく、ちらほらと人がいるだけだった。

「水越くん」
「はい。社長、お疲れさまでした」

酔っているのに、俺の呼びかけにすぐさま答え、直立不動で立ち上がる。
骨の髄まで秘書が染み込んでいるような女だな。
しかし、すぐにすとんと椅子に座り、俺を見つめた。
半開きの目で見つめられても、まったく嬉しくない。
しかし一体全体、どれだけ飲んだんだ?
ろれつも回ってないし、ゆらゆらと揺れているし、顔も赤い。

「おーい」
「はーい」

呼びかけた返事がこれ。たまらん、かわいすぎる。
このままかっさらって持って帰りたい。
いや、持って帰ろう、こんな状態の彼女を一人帰すわけには行かない。
という、こじつけ。

「ほら、靴を履いて」
「はい」
「しかし、高いヒールだな」

この靴を履かせて歩かせるのはまるで、サーカスの綱渡りさせているみたいに危険な行為だ。
どうしようかと思っていたら、すっと立ち上がり、俺を見た。

「ハイヤーは手配しております。ホテル玄関に待機していると思います。確認いたします」
「え、あ、いや、車が待機しているなら、行ってしまったほうが早いだろう。行くぞ」
「畏まりました」

嘘だろ。
絶対に酔ってるはずだが、なんという秘書魂の持ち主だ。それと面白すぎる。
一生懸命に仕事を貫徹しようとしているのだから、笑ったらだめだ。
しかし、やっぱり酔っているのは変わりなく、足元はおぼつかず、まっすぐ歩いていない。
転んでは大変だと、エスコートをする素振りで彼女を支え、なんとか車に乗り込んだ。

「私はここで失礼いたします」
「いや、遅くなったから送っていこう」
「滅相もございません」
「遠慮はしなくていい」
「では、社長をお送りいたしました後で」
「そうしよう」

秘書の彼女は俺を送る気らしいが、俺は帰す気はない。
走り出した車は、順調に俺のマンションへ向かっているが、隣にいる彼女はというと……。

「まあ、寝るよな」

長い足を投げ出して、脱力もいいところだ。
首が変な風に曲がっているのを直しながら、自分のほうへ寄りかからせる。

「う……ん……」

何か食べている夢でも見ているのか、むにゃむにゃと口が動く。
今まで見たことがない彼女がここにいて、新鮮だ。
真面目な彼女のことだから、こんなことになっていると知ったら、退職願を出しかねない。
このことは、俺の心の中にだけ秘めておくとしよう。

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