5時からヒロイン
ハイヤーを降り、ヨタヨタの彼女を支えながら家に着く。
なんとなく起きてはいるが、意識はもうろうとしている。
ソファに座らせて、窮屈そうなジャケットは脱がせた。

「ほら、お水を飲んで」
「はい」
「弱いのに何を飲んだんだ?」
「う~ん、う~ん……」

俺の問いかけに、真剣に悩みだす。

「分かった、考えなくていい。とりあえず水を飲んでくれ」
「はい」

何も考えずに連れ帰ってしまったが、よくよく考えれると明日の支度はどうすればいいんだ? 
女は化粧もあるだろうし、着替えだってない。

「ま、いっか。休ませる理由なんかいくらでもある」
「もっと」
「もっとね、はいはい」

酒は喉が乾く。ごくごくと一気に飲んで、おかわりを要求する。
俺は社長。それに彼女の上司でもあるし、会社の経営者でもある。
何日休んでも逃避行しても、理由なんかいくらでもこじつけられる。
水を思う存分飲んだ彼女は、クッションを抱きしめて眠っている。

「俺を抱きしめてくれませんかね」

寝顔をまじまじと見つめながらつぶやく俺は、なんだんだ?

「こいつめ」

可愛さ余って憎さ百倍の、彼女のおでこをピンと指ではじく。
すると、むくっと突然起きて立ち上がった。

「ご、ごめん」
「もう! 好きになるのを止める!」
「はっ!?」

ど、ど、どうした!?

「水越くん、どうした? 気持ちでも悪くなったか?」
「ずっと、ずっと社長が好きだったのに! もう止める! 好きになるのを止めるんだから!」

さっきまで虚ろだったのに、今は大粒の涙をこぼし始めた。
頼む、泣かないでくれ、沙耶に泣かれるのはめちゃくちゃ耐えられない。

「泣くな……」
「好き……ひっく……嫌い……」
「なんで先に言うんだよ、違うな……先に言わせてしまった俺がいけないんだよな、ごめんな」

俺はびっくりした。
彼女の行動はから、俺を取り囲む女と、あまり変わらない感情を持っているとばかり思っていた。
金と地位と容姿が一番で、俺の人格はないのに等しいと。
常に一緒に行動している秘書だから、少しだけ違った感情があるだろうと、それくらいに思っていた。
だが、感情を爆発させる彼女を見て正直、本当に嬉しい。嬉しいが、俺はなんと情けない男なんだ。
酔わなければ言えないような、状態にしてしまったのは俺だ。
社長である俺に告白をすることは、素面では言えなかったのだろう。そんな女を泣かせてしまった罪は重い。

「今の告白は聞かなかったことにするよ」
「聞いちゃだめなの?」

何を勘違いしたのか、耳を塞いだ。

「違うよ、沙耶が好きだといったことを聞かなかったことにして、俺が先に言うんだ」

告白って、もっとロマンチックなもんじゃなかったか? 
こんなに酔って、とんちんかんなことをする女に、告白をするなんてありえないけど、こういう状態になっている以上、スルー出来ない。
好きな女の前でカッコつけたいのが男なのに、見せ場がどこにもない。
耳を塞ぐ彼女の手をとって、目をじっと見つめる。
涙に濡れた瞳が綺麗だ。
と、言いたいところだが、酔っているのが丸わかりのトロンとした目だ。
それでもいい、今しかない。

「いいか? 俺はお前が好きだ、ずっと好きだった、愛しているよ」
「好き?」
「そうだよ、好きなんだ、とっても」
「どれくらい?」
「そんなのはかれないよ」
「これくらい?」

彼女は両手を広げた。

「もっとだよ」
「こっからここまで?」

今度は、ソファの端から端をさした。
だめだこれは。

「これくらいだ」

彼女を引き寄せ、唇を塞いだ。


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