5時からヒロイン
定時で仕事を切り上げていたツケが回り、久々の残業となってしまった。
帰れと言っているのに、帰らない彼女を心配しつつ、猛烈に仕事をしていく。

「もう9時か」

出来る男の俺も、さすがに疲れた。
急いで帰り支度をし、彼女を送って行く。
電車で帰ると駄々をこねたが、そんなのは無視だ。
腹も減っているだろうが、飯を食べようと声すらもかけない、冷酷な俺。
それは何故かというと、顔色があまりにも悪くて、早く家に帰さなければと思ってのことだった。

「近くで見ても顔色が悪い。寒くないか?」
「はい」

返事だって気力がない。
普段よりメイクを濃くしているのも、顔色の悪さを隠すためなのだろう。
ちらちらと助手席の彼女を見るが、しきりに胃のあたりをさすっている。
確かにメシも食っていないから、腹も減っているだろうが、そんな感じでもない。
不安な中、彼女を送り届けると、なんども申し訳ないと頭を下げる。
あ~胸が傷む。

「見ているから入りなさい」
「はい、申し訳ありません」

車を降りて、いつものように姿が見えなくなるまで見届けようとしていたが、彼女の足取りがいつもと違う。
少しずつ前かがみになって、歩くのもやっとな感じだ。

「おかしいな、どうしたんだ?」

エンジンを止めて、車を降りようとしていたら、彼女がエントランス前で倒れてしまった。

「沙耶!!」

俺は焦った。
倒れ込んだ彼女を素早く抱き上げ、車に乗せる。
その顔は痛みで歪み、額には脂汗がにじんでいた。
うずくまりながら唸っている彼女を見ながら、病院に電話を入れる。

「五代です」

救急車など呼ぶより早い、自分の運転する車で連れていくことにする。系列の病院だから全く問題ない。病院を経営していてよかった。

「これから急病患者を連れていきますから、処置をお願いします」

横になっていても痛みが激しいのか、じっとしていない。
いつも安全運転を心がけている俺だが、そんなことを言っている場合じゃない。
アクセルを強く踏み、車線を変更しながら、猛スピードで病院へ向かう。
信号待ちもしたくないほどの苛立ちで、どうしようもなく落ち着かない。

「沙耶」
「う~ん……」
「沙耶? いま病院に行くからな、もう少しの我慢だ」

まだ我慢をさせなければならないなんて。倒れるまでに、どれだけの我慢を強いられていたのだろうとおもうと、胸が締め付けられる。
さらにスピードを上げ、病院へ着くとスタッフが待機をしていてくれた。

「お願いします」
「起き上がれますか?」

そんなの無理に決まっているだろう。
ナイチンゲールだったら、そんなことを聞く前に手当をしてくれる。
急いで彼女を抱き上げ、ストレッチャーに乗せ、唸る彼女に付き添いながら、診察室へ運んだ。
診察している間に、入院の手続きだ。

「特別室を」
「畏まりました」

病院経営は難しく金もかかるが、社員の健康診断や検診など、幅広い意味で福利厚生の役割を果たせるし、いい面もある。
用意された病室で一息つく。

「焦った……」

縁起のないことを言うようだが、死んでしまうのではないかと思ったほど、焦った。
こういう時に落ち着いて対処できる人は、本当に尊敬に値する。
彼女は社員で、直接病院に連れて来ることが出来たから良かったものの、一般の人だったらどういう対応をするのだろうか。
今一度、病院側と話をする場を設けたほうがいいだろう。
改善点は、早く対処したほうがいい。

「顔色が良くないと思っていただけで、何も対処しなかった俺のせいだ」

様子を見る、そっとしておく、タイミングを見計らってからなんて言っていたのは、結局言い訳に過ぎなかったのだ。
あんな形で抱いてしまったこと、告白をしてしまったことを、少なからず後悔していたのだ。
すべて後回しにしてきた、俺のせいだ。
体調を崩すまでそれが分からなかったなんて、彼氏と言えないし、上司とも言えない。
打ちのめされていると、ストレッチャーに乗せられた沙耶が病室に入って来た。

「痛みはどうだ?」
「大丈夫です。ご心配をおかけしました」

顔色はまだ悪いままだが、病院に入ってほっとしたのだろう、表情はいくらか穏やかになっていた。
着替えをすると言われ、病室を出る。
俺は彼女の彼氏失格だ。
傍にいる資格がないし、あの夜のことをちゃんと話して、けじめをつけなければならない。
こうならないと行動に移せない俺は、最低、最悪な男だ。
さらに最悪は、そういうことがあったのかと、彼女に言わせてしまった俺の罪は重い。



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