5時からヒロイン
病休の沙耶を一人マンションに残し、仕事をしている。

「夢のようだな」

昨日のことを思い出す。
俺の腕の中でわがままを言って困らせる沙耶。
頭を抱えて、もがき苦しむくらいわがままを言ってくれ。

「よく耐えた俺。えらかった」

禁欲生活が長かった俺。やっと解禁になったと思えば、彼女は病気。
キスで我慢できたのが、奇跡といってもいい。
起こさないようにとそっと起きれば、隣には口をぽかんと開けた沙耶が眠っていた。

「かわいいな」

開けた口に指をちょんと入れてみれば、むにゅむにゅと何か食べているように、口を動かした。

「おはよう」

丸く型のいいおでこにキスをする。

「さて、朝は何を作っておこうか」

朝は軽くヨーグルトとコーヒーですませてしまうのだが、沙耶は薬を飲まなくてないけないから、食事は大切だ。
消化のいい和食をちゃちゃっと作る。

「ほんと俺っていい男」

支度をしてもう一度沙耶の顔を見に行く。

「少しだけ起きないかな」

いってらっしゃい。と言ってほしい。
男のささやかな願いは、そんなことだ。
だけど、今は寝かせておく。
すやすやと眠る彼女の唇にキスをして、

「いってきます」

と言う。
返事はないが、満たされた気持ちで仕事に向かった。

「本日の予定でございますが、会食は延期といたしました」
「分かりました、ありがとう」
「いえ、いえ、もったいない」

秋も深まり、肌寒さに身震いするときもあるというのに、部長はジャケットを脱いで、ワイシャツの袖を肘までまくり上げている。暑いんだな。
きっとネクタイも緩めたいのだろう。

「社長の予定は共有ファイルで部長が確認していますから、なにも心配はありません。時間を見て私から部長に連絡も入れますし」
「ふ~ん」
「入院しているとき、社長が優しいと部長が言っていましたよ? その調子で引き続き優しくしてあげてくださいね」
「……」

一人社長室で仕事をする可哀そうな俺より、秘書課で女に囲まれて仕事をする、鼻の下を伸ばした部長のことを心配するのか。

「お願いします」

そう言って、沙耶はキスをねだった。


この女、やり手だな。
俺を操るのがうまい。
だから、今日は部長に意地悪をしないと決めた。
沙耶は暇なのか、頻繁にラインをしてくる。
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