5時からヒロイン
沙耶が仕事に復帰するまでの一週間は、本当に幸せだったが、つくづく長男気質だと、再確認した日々でもあった。
沙耶のことが気にかかるというのもあったが、まあ、至れり尽くせり面倒をみた。
面倒を見たと言うのは語弊があるが、何かしてやりたいと思わせる、沙耶の為にしたことだ。
沙耶を自宅に送り、もぬけの殻になった広すぎる俺の家は、火が消えたように寂しかった。
そして病休明け対応を考える。
もう社員として彼女を見られるはずもなく、どうしたらいいか悩んでいた。

「今まで通りに接するしかないか」

口ではそう言っていても、実際に出来るかが問題で、出来る自信もないし、何より沙耶が我慢する姿が目に見えて分かるのが辛い。
それでもそうしなければならないのが、俺たちの付き合いだ。

「本日の予定でございます」

やはり沙耶は、秘書に徹することに決めたようだ。
公私混同はあってはならないが、いつもと変わらず、淡々と仕事をする沙耶の顔が、今にも泣き出しそうで、俺が耐えきれなくなった。

「沙耶ごめん。普通にしよう。もちろん、職場であることを忘れてはいけないが、ここは社長室で他の社員の目は気にならない。無理に自分を閉じ込めるのはやめよう」
「社長……」

大きな瞳にうるうると涙が滲んでいる。不安と寂しさの中で過ごしていたのだろう。
表だって公表出来ないのならせめて、職場であっても普通にしていたい。
彼女のことだから、仕事をおろそかにすることもないし、俺に頼ってくることもないだろう。
それに、年末に向かってパーティーなど催し物が多くなる。
二人で愛だの恋だのと、うつつを抜かしている場合でもなくなるし、無理に普通にしなくても自然とそうなっていくに違いない。
沙耶と順調な付き合いが続けば、結婚も視野に入ってくる。
良いタイミングで親父にも報告するつもりだ。
そう思っていた矢先、親父に呼び出され、もしかして沙耶との付き合いが、知られてしまったかと思ったが、そうではなかった。

「修二に見合いをさせようと思う」
「修二!?」

俺は男ばかりの三人兄弟で、真ん中の弟はすでに、ファイブスターで偽名を使って勤務している。
修二というのは三番目の弟で、これまた女癖が悪く、私生活も問題を起こすような問題児だ。
やんちゃが通用していたのは子供のころまでで、今は家を追い出されてしまっている状態だ。そんな男にどこの女と見合いをさせるというのだろうか。

「結婚でもさせれば、落ち着くような気がするんだが」
「甘いな」
「やってみなきゃわからん」

自分の子供のことを知らなさすぎる。正直言って、俺の言うことはまあまあ聞くが、沙耶にも知られたくないような弟なのに、そんな男の妻にさせられたら、この世の終わりだ。

「止めておいたほうがいい。あいつは自分で気づかなくちゃ落ち着かないよ」

母親に似た温和な顔で、口説いた女は数知れず。
根は悪い奴じゃないが、来るもの拒まずで手あたり次第だ。
そこは俺も責められないが、俺はちゃんと女と向き合ってきたつもりだ。

「まあいい、修二に話をしておいてくれ」
「なんで俺が」
「兄貴だろ?」
「親父だろ?」
「……」
「とにかく、俺はいやだぞ」
「入社すればお前が面倒をみるんだぞ」
「あいつはここじゃなく、好きな会社に行かせて自由にさせたほうがいい」
「それは許さん」

なんでも自分の思い通りになると思っている。
経営者は傲慢な所があるが、父親ならもっと子供を尊重してくれてもいい。

「一応言っておくが、期待はしないでくれ」
「ところでお前はどうなんだ? いいかげん結婚してくれよ。お前も見合いをさせるからな、覚悟をしておけよ」
「そのうち報告するよ」
「楽しみにしてるぞ」

修二やつ、覚えておけよ。
あいつのせいで俺までとばっちりを受けたんだからな。
園遊会に、思わぬところで厄介なゲストが加わることになり、沙耶に負担をかけてしまっていた。
園遊会のこと、見合いのことと、俺を悩ますことばかりが続くが、今は癒しの沙耶がいる。
甘えさせてやりたいが、少しだけ甘えてもいいだろうか。
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