5時からヒロイン
 「やばい、やばい」

 合コンの時間までに仕事を終わらせなければならないが、よりにもよって退勤間近になって、社長が仕事をふってきた。意地悪としか言いようがない。

 仕事は段取りだと、口癖のように社長に言われて来た。朝にやるべきことを付箋に書き出して、順番を付ける。終わったら付箋を捨てて行くという仕事のやり方をしている。だから今日だって、合コンの時間に合わせて仕事を終わらせようと段取りを組んでいたのに、このざまだ。社長からの指示には「畏まりました」というよりなく、時間を気にしながら処理をしていく。

 友達には少し遅れると連絡したが、合コンは入りが大事。遅れることで注目を浴びるつもりだなと、思われたくない。でも今日はそこの配はいらない。なぜなら私のための合コンだからだ。

 「あと1ページ、早く早く」

 パソコンのキーをバンバンと叩き、何かにとり憑かれたように一心不乱に、処理をしていく。タイピングの速さには自信がある。

 「よし、よし……えっと、よし!」

 保存、点検、シャットダウン。デスクに散らばったものを、容量が大きい下の引き出しに無理やり押し込んで、帰宅の準備はできた。

 居住まいを正して何事もなかったように、社長室のドアをノックし、社長に退勤の挨拶をする。

 「失礼します」

 社長の前ではおしとやかな女でいたい。いや、見られたい。これも社長に恋する女心というもの。

 「お先に失礼いたします」
 「ああ、お疲れ様」

 今日は前もって定時に上がりたいと伝えたとき、一瞬嫌な顔をした社長だったけど、滅多にお願いことをしない私だって、プライベートを楽しみたい。かなり気になったけど、今日は何が何でも帰ると決めていたので、知らんふりをした。

 「よし、社長に勝ったぞ」

 ガッツポーズを作って勝利のポーズ。おしとやかに歩き社長室のドアを閉めると、デスクの上にあったバッグの肩掛けを、ひったくるようにして持って猛ダッシュした。廊下に鳴り響くパンプスの音は、きっと社長にも聞こえてるだろう。それでも構わない。枯れたくない私は、合コンへと急ぐのだ。


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