5時からヒロイン
「冷たい」
食道から胃に流れても冷たさを保った水は、私の胃を刺激する。
「いたたた……」
きりきりと痛む胃に、水の刺激がいけなかったのか、胃がさらに痛い。食後に飲んだばかりだから、すぐには飲めない。しかし、一度痛みだすと身体をくの字に曲げなければならないくらいの痛みになる。バッグに手を入れ、薬を取り出すと、口に入れた。
スカートの下から冷気が入っているようで、胃の痛みを膨張させる。最近急に冷え込むようになった。温暖化で夏が長くなって秋が短いと天気予報で言っていたけれど、確かにそうかも。秋の気配が感じられたのは一瞬だった。
いつもは外で待っている私だが、立っていることも苦痛で、車で待つことにする。
「大丈夫かい?」
斎藤さんが顔色の悪い私を気遣う。赤い口紅を付けているが、顔色の悪さは隠せないらしい。
空気を入れ替えるために窓を開けた。
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「顔色が悪いよ、病院に行った方がいい」
「そんなに悪いですか? どこも具合悪くはないんですけど。……あ、貧血かもしれません」
斎藤さんに言われるほど顔色が悪いのだろうか。助手席の日除けを降ろし、ミラーのカバーを開ける。
「女性は貧血が多いからね。娘もそうだよ、いつも立ちくらみをしているしね」
「ええ」
「大事にしてよ」
「ありがとうございます」
きりきりと痛む胃をさりげなく抑えながら、斎藤さんの言葉を親の言葉として、ありがたく受け取る。心地いい風が入る車内で手帳を広げ、スケジュールのチェックと、秘書課に電話をして、現況報告をする。
暫くしてふとドアミラーを見ると、社長が歩いてくる姿が見えた。ミラー越しでもなんてカッコいいのだろう。なんて見とれている場合じゃなく、私は助手席から降りると、軽く頭を下げて、後部座席にドアを開けて待った。
「待たせた」
「お帰りなさいませ」
「会長がチョコレートを喜んでおられたよ。すぐに水越くんのセレクトだと分かったようだ」
「喜んでいただけて光栄です」
車は本社に向かって走り出す。
出る時までは外に出る方が気分転換になると思っていたけれど、あまりの胃の痛みに、今は外周りよりも社内業務の方が良くなっている。忙しくても社内でデスクに座っていたい。朝よりも痛みが酷くなっている。
本社に着くなり、たまった決裁に取り掛かる。社長が離れると途端にたまる書類。
息つく暇もなく仕事に取り掛かる社長に、コーヒーを淹れた。
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう」
「……社長」
「どうした?」
「あの……昼食のご配慮、ありがとうございました。お礼が遅くなりまして」
「……身体を労わりなさい」
「はい」
優しさに触れる度に、あの一夜を思い出す。早く解決したい、でもこのままなかったことにもしたい気持ちもある。日々が過ぎゆく中で、私の中で色々なことに変化が起きる。
社長はいつもと変わらないけど、それ以上を望んでしまっている、私はいけないのか。
一夜限り、行きずりと割り切ってしまえば、望むことなどない。だけど、社長を前よりもっと好きになってしまっている私は、自分の気持ちとどう向き合えばいいのだろう。
葛藤は、胃の痛みのように鋭く深く続いた。
食道から胃に流れても冷たさを保った水は、私の胃を刺激する。
「いたたた……」
きりきりと痛む胃に、水の刺激がいけなかったのか、胃がさらに痛い。食後に飲んだばかりだから、すぐには飲めない。しかし、一度痛みだすと身体をくの字に曲げなければならないくらいの痛みになる。バッグに手を入れ、薬を取り出すと、口に入れた。
スカートの下から冷気が入っているようで、胃の痛みを膨張させる。最近急に冷え込むようになった。温暖化で夏が長くなって秋が短いと天気予報で言っていたけれど、確かにそうかも。秋の気配が感じられたのは一瞬だった。
いつもは外で待っている私だが、立っていることも苦痛で、車で待つことにする。
「大丈夫かい?」
斎藤さんが顔色の悪い私を気遣う。赤い口紅を付けているが、顔色の悪さは隠せないらしい。
空気を入れ替えるために窓を開けた。
「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」
「顔色が悪いよ、病院に行った方がいい」
「そんなに悪いですか? どこも具合悪くはないんですけど。……あ、貧血かもしれません」
斎藤さんに言われるほど顔色が悪いのだろうか。助手席の日除けを降ろし、ミラーのカバーを開ける。
「女性は貧血が多いからね。娘もそうだよ、いつも立ちくらみをしているしね」
「ええ」
「大事にしてよ」
「ありがとうございます」
きりきりと痛む胃をさりげなく抑えながら、斎藤さんの言葉を親の言葉として、ありがたく受け取る。心地いい風が入る車内で手帳を広げ、スケジュールのチェックと、秘書課に電話をして、現況報告をする。
暫くしてふとドアミラーを見ると、社長が歩いてくる姿が見えた。ミラー越しでもなんてカッコいいのだろう。なんて見とれている場合じゃなく、私は助手席から降りると、軽く頭を下げて、後部座席にドアを開けて待った。
「待たせた」
「お帰りなさいませ」
「会長がチョコレートを喜んでおられたよ。すぐに水越くんのセレクトだと分かったようだ」
「喜んでいただけて光栄です」
車は本社に向かって走り出す。
出る時までは外に出る方が気分転換になると思っていたけれど、あまりの胃の痛みに、今は外周りよりも社内業務の方が良くなっている。忙しくても社内でデスクに座っていたい。朝よりも痛みが酷くなっている。
本社に着くなり、たまった決裁に取り掛かる。社長が離れると途端にたまる書類。
息つく暇もなく仕事に取り掛かる社長に、コーヒーを淹れた。
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう」
「……社長」
「どうした?」
「あの……昼食のご配慮、ありがとうございました。お礼が遅くなりまして」
「……身体を労わりなさい」
「はい」
優しさに触れる度に、あの一夜を思い出す。早く解決したい、でもこのままなかったことにもしたい気持ちもある。日々が過ぎゆく中で、私の中で色々なことに変化が起きる。
社長はいつもと変わらないけど、それ以上を望んでしまっている、私はいけないのか。
一夜限り、行きずりと割り切ってしまえば、望むことなどない。だけど、社長を前よりもっと好きになってしまっている私は、自分の気持ちとどう向き合えばいいのだろう。
葛藤は、胃の痛みのように鋭く深く続いた。