5時からヒロイン
有休を申請しておきながら、退職を宣言してしまった私は、残りの有休を数え始める。

「何回数えても40日しか残ってない……」

何回確認しても同じ。有休が消えていたのはわかっていたけど、仕事に夢中でうっかりしていた。信じられないくらい落ち込む。
今日私は、斎藤さんの運転する車で出勤した。朝に連絡を貰ってびっくりしたのは言うまでもない。

「斉藤さんに迎えに来ていただくなんて、一社員がすみません」
「怪我だって?」
「はい」
「社長から電話を貰ってびっくりしたよ。捻挫で良かったねぇ、骨折だったらもっと大変だったよ?」
「お恥ずかしい」

斎藤さんにまで秘密が出来てしまった。社長は私に対して、後ろめたいことがあるから、斎藤さんに頼んだんだ。素直に喜べないのは、いつまでたっても何も言ってこないからだ。

「今週中は迎えに行くように言われているからね。安心しなよ」
「え!? とんでもないですよ! 腫れも引いてきましたし、電車も乗れます。私から社長に言いますから、迎えなんていいですよ!」

社長車で秘書が通勤なんて聞いてことがない。何を考えているのだろう。

「水越さんは本当によくやってるよ、社長のご褒美だと思って素直に受けたらいい。俺も早朝手当てがもらえる上に、早く帰れるし、お互い良いことばっかりだ。ウインウインっていうんだっけ? ははっ」
「……斎藤さん」

今週はと言ってもあと3日ほど。つまらないことで遠慮をしても、社長の手を煩わせるだけだ。
いつも社長が座る後部座席に座って、助手席に座っている私を想像した。

(右半分しか見えないんだな)

移動の最中は正面を向いて、安全を確認して、手帳を見てスケジュールを確認する。一時も居眠りする時間はない。忙しく働く私の背中を、どんなふうに見ていたのだろう。

「部長。有休、いっぱい捨ててたじゃないですか~」
「人事課に言われていただろ? 早く取れば良かったのに」
「だって……いいです、分かりました。今年度中にこの40日を消化しますからね! いいですね!」

秘書課にあるソファにふんぞり返って座る私は、部長に宣言した。辞めると言ってしまったんだし、残してしまうのは絶対にいやだ。消化が大変だけど、これだけまとまった日数があると、逆に楽しみだ。これが預貯金だったら嬉しい限りだが、利子もつかない有休は、消化するに限る。

「そうです、取った方がいいですよ。社長に操を立ててもしょうがないですよ」

会長秘書の並木さんが言った。彼女は会長に同伴したパーティーで、社長の知り合いの社長さんの息子さんに、一目惚れされて付き合い始めている。なんだかややこしい関係だけど、私よりパーティーに行く機会が少ない彼女が、その少ないチャンスをちゃんと掴んだということだ。年に何回も行く私に彼氏が出来ないなんて、七不思議も良い所だ。



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