5時からヒロイン
「本当にご迷惑をおかけしました」

起き上がれないので、ベッドで横になっている状態で謝る。

「顔色が悪いと分かっていたのに、何もしなかった私が悪い。痛かっただろう?」

なんて優しい声なんだろう。
一人で抱えて痛みに耐えていた私は、一気に涙が出て泣いてしまった。社長は、そんな私を抱きしめた。
何て幸せなのだろう。ずっとこの胸に抱かれたかった。もう我慢が出来なくて、ストレートに聞くことにした。
死ぬかと思ったくらいの痛みで、そのときに心残りになってしまうと頭をよぎったのは、「あの夜」のこと。心残りになるくらいなら、聞いてしまった方がいい。もっと早くこうすればよかった。

「優しくなんてしないでください」
「どうした?」
「あの日の夜……私、何をしましたか?」

もう後には引けない。しっかり何があったのか聞くまでは、どんなことを聞かされても覚悟は出来ているつもりだ。

「あの夜……?」
「そうですよ! あの夜です。だって、私……その!」

セックスしましたかとは言えずに、涙をためた目で社長を睨む。

「———もしかして、覚えてないのか……? 俺が君に言ったこともか?」
「言った……? 何を……?」
「ホント……か……?」

社長は驚きの顔を見せた。
何度も頷いて訴える。
社長は私の肩にガウンを掛けると、すぐそばに座って引き寄せた。

「まさかの事態だな……」

参ったなと社長が言って、私は聞く。

「どんなことも受け入れます。だから教えてください」
「まさか覚えていないとは夢にも思わなかったぞ。だが、それで納得がいった。分かった、説明しようじゃないか……あの日の夜……」

社長は私にことの経緯を話しだした。
創立記念パーティーに参加した私は、控室で他企業の秘書と交流をしていた。
最終的には10人ほどの人数でワイワイと飲んでいたことは覚えている。

「君はホテルを出るまで、しっかり歩いていたが、目はうつろで今にも倒れそうだった。帰りのハイヤーでは眠ってしまい、一人で帰すには危なくて、私の自宅へ連れて帰った。目を覚ますと、酔いが回って歩けない状態だった」

社長の声が私の消えた記憶を呼び起こさせる。もやもやとではあるが、なんとなく思い出してきた。介抱してくれる社長に、私は抑えていた気持ちを爆発させてしまった。
酔った勢いというのは、本当に恐ろしい。

「ずっと、ずっと好きだったのに! もう止める! 好きになるのを止めるんだから!」

やけになって社長に告白したはず。それから先は、身体の痕が私に教えている。
恥ずかしさに顔を両手で覆う。

「思い出したのか?」

うん、うんと頷くしかない。

「あんな風に抱いてしまって、きっと君は仕事がやりにくくなってしまうだろうと、暫く様子を見ることにしたんだが、すべての行動がおかしくて、理解が出来なかった。まだ、気持ちの整理ができていないのだろうと、もう少しだけ様子を見て、落ち着いてから話をしようとしていたんだが、まさか、記憶がないとは思いもしなかったぞ」

一人悩んで、胃まで悪くしてしまった。なんて私はバカなのだろう。でも、変に大人で、何も言わなかった社長だって悪い。


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