5時からヒロイン
「社長はまだかな?」

恋人を待っている気分ってなんていいのだろう。
一分一秒が長く感じていた時、ドアをノックする音が聞こえて、パタパタとスリッパを鳴らしてドアまで行く。

「は~い」
「おはよう」

待ちに待っていた社長がいた。朝から顔を見られるなんて嬉しい。
私は思わず抱きついた。夢の中ではなんども抱きしめてもらったけど、生身の身体はいい。これからは遠慮することなく、抱きつけることがとても嬉しい。
「おはよう」のキスがしたくて、目を閉じて顔をあげると、チュッとリップ音のするキスをしてくれた。
目を開けてうっとりと社長を見る。ずっと見ていても見飽きない顔。

「どうした? まだ痛むか?」
「大丈夫です」

私を抱きしめながら病室に入ると、社長とソファに座った。

「ちゃんと食事はしたのか? 残してないだろうな」
「食べましたぁ」

親の様に私を叱って、なんだか嫌だ。私は少し膨れる。そんな私の顎をすっと持ち上げると、社長は軽くキスをしてくれた。やっぱり恋人になったのだと、改めて実感する。目が覚めたら嘘なんじゃないかと、今朝起きる時は不安だった。いい年をしてまるで、初恋の様だ。

「ちゃんとして……」

軽いキスなんかキスじゃない。
甘え上手とは言わないけど、末っ子だからどうやったら、大人は甘くなるのかは知っている。今まで付き合った男は、私に甘えさせてくれず、私に甘える男ばかりだった。
私はそういう男が好みなんだと思っていたけど、それは違ったようで、社長なら思う存分甘えることが出来る。でかい女が甘える姿は可愛くもないだろうけれど、外から見てもあの女はバカじゃないのか? と思われるほど甘えて、べったりしたい。

「もっと強請れ」

またキザなセリフを言う。頭をしっかりとホールドされ、口の奥深くまでキスが染み渡る。
頭の片隅で今、看護師さんが入ってきたらどうしようと思ったが、余程のことが無い限り、昼まで病室に来ることはない。
朝から激しいことでと、自分で突っ込みたくなるけど、生易しいキスじゃ満足できない。

「ん……」

社長に身を任せ、ただただ熱いキスを受ける。何度も角度を変えて与えられるキスは、極上だ。離れたくないと唇が言っても、ずっとキスしている訳にはいかない。長いキスが終わり、軽いキスでしめると、社長は笑った。

「部長に電話をしました」

救急で入院してしまった私は、会社にまだ報告が出来ていなかった。始業時間前に部長に電話を入ると、びっくりしたと同じくらい、困ってもいた。それはもちろん社長をどうするかだ。入院をするようにと言われた期間の仕事を申し送りして、なんとか安心させる。

「困っていただろうな。どんな様子か、手に取るように分かる」
「汗が噴き出てますよ」
「そうだろうな。部長こそ病気にならないのがおかしい」

社長が言うように部長は、メタボリックで、毎年の健康診断ではたくさんの項目に要検査と記載がある。真冬でも汗を掻き、コーラが大好きで、水代わりにコーラを飲んでいる。家族思いの優しい人だが、奥さんは太った部長を詐欺師と言っているそうだ。
「若いときはイケメンだった」と言うのが、酒の場での部長の口癖だが、一度写真を見せてもらったことがあって、本当にイケメンでびっくりした。奥さんに詐欺師と言われても仕方がない。

「私の代わりは誰もやりたがりませんから、部長が代行するしかないんです。優しくしてあげてくださいね」
「俺はいつも何も要求しないぞ。勝手に怖がっているだけだ」
「無口で全く笑わないからですよ、私だって慣れるまで大変でした」
「そうなのか?」

そんなことは全く思っても見なかったようだ。それだけ仕事に夢中だったと言うことで、許してあげよう。
だから聞きたいことがある。




< 54 / 147 >

この作品をシェア

pagetop