5時からヒロイン
社長の車が走り出すと、風に当たりたくて窓を開ける。
「寒くないか?」
「大丈夫」
運転する姿もカッコいい社長は、私を気遣ってくれる。今までこっそり運転する姿を見ていたけど、盗み見をしなくても、堂々と綺麗な横顔を眺めることができる。
車は暫く走ると、街の中心部に入って行った。
「ちょっと買い物をしたいんだけど、少し歩いても大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
入院していた一週間の中で、足の治療も一緒に受けていた。すっかり腫れが引いて普通に靴が履けるまでになっていて、足首を回すとまだ痛みもあるけど、普通の生活には問題ない。
何を買うのだろうと思っていると、デパートの駐車場に車は入った。
社長はエスコートを必ずしてくれるから、私は車の中でドアを開けてくれるのを待って降りた。
「社長、迎えに来てくれたのは嬉しいけど、会社は? 大丈夫ですか?」
今日は平日。週末でも仕事をしている社長が、呑気に買い物をしていていいのだろうか。
「沙耶が退院する日だから、俺も休みを取ったんだよ」
「え!? ちょっと待ってください。えっと今日は確か……」
社長のスケジュールは、半年先までびっしりのはずだ。休みは週末に何とかあるだけで、平日は変更も出来ないはず。たった一週間の休みの間に、何があったのだろう。
バッグから手帳を出して、確かめようとした私の手を掴んだ。
「いいから、仕事はなし」
「でも」
「全て俺が変更の連絡と、予定の組み直しをして、部長には知らせてあるから、心配するな」
「そんな……」
嬉しいけど、予定をずらしてしまうと、業務を処理する為に社長が激務になってしまう。
「俺は君と一緒に居たいために、仕事の予定を立てていたところがある。だから、予定を立て直しても問題ないんだ。これからはもっと、ゆとりを持って仕事をするようにするから。悪かった」
「本当に? 本当に? 大丈夫なんですね」
「秘書の水越沙耶は消えろ。今から俺の恋人の水越沙耶だ。仕事の話はなし。さあ、買い物だ」
嬉しいような、そうじゃないような複雑な気持ちがあるのは、秘書という職業が、身体に沁み込んでいるからだろうか。
そんな私の心配を余所に、社長は私の手を繋いで、デパートの中に入った。
平日のデパートなど、大学の時以来だと思う。社会人が平日に来るのは退社してからだが、私の場合いつも残業で、開店時間に来られたためしがない。
「あ……」
一階はアクセサリー、靴、バッグ、化粧品の売り場がある。靴の売り場を通ってエスカレーターに乗ろうとしたとき、私のルブタンが目に入った。足を止めてじっと見つめる。
「どうした?」
「私のルブタン……」
「ルブタン? なんだ? それ」
有名なブランドだけど、社長は知らないみたい。社長だから一通りのハイブランドは知っていると思ってたけど、それは偏見だったようだ。
ヒールがパクパクしてしまったルブタンのパンプスは、家の玄関に無残に置かれている。弥生の大笑いの道具になってしまった、可哀そうなルブタン。修理をしようか、新しい靴を買おうかと迷っている最中だ。
「いつも履いているパンプスです」
「あー、あのヒールの高い靴か」
納得したようで、大きく頷いた。
「私の一部だったのに……」
「そのルブタンがどうしたんだ?」
「ルブタンでこうなったんです」
社長に見せるように、スニーカーを履いた足をあげて、足首をくるくる回した。
「寒くないか?」
「大丈夫」
運転する姿もカッコいい社長は、私を気遣ってくれる。今までこっそり運転する姿を見ていたけど、盗み見をしなくても、堂々と綺麗な横顔を眺めることができる。
車は暫く走ると、街の中心部に入って行った。
「ちょっと買い物をしたいんだけど、少し歩いても大丈夫か?」
「大丈夫ですよ」
入院していた一週間の中で、足の治療も一緒に受けていた。すっかり腫れが引いて普通に靴が履けるまでになっていて、足首を回すとまだ痛みもあるけど、普通の生活には問題ない。
何を買うのだろうと思っていると、デパートの駐車場に車は入った。
社長はエスコートを必ずしてくれるから、私は車の中でドアを開けてくれるのを待って降りた。
「社長、迎えに来てくれたのは嬉しいけど、会社は? 大丈夫ですか?」
今日は平日。週末でも仕事をしている社長が、呑気に買い物をしていていいのだろうか。
「沙耶が退院する日だから、俺も休みを取ったんだよ」
「え!? ちょっと待ってください。えっと今日は確か……」
社長のスケジュールは、半年先までびっしりのはずだ。休みは週末に何とかあるだけで、平日は変更も出来ないはず。たった一週間の休みの間に、何があったのだろう。
バッグから手帳を出して、確かめようとした私の手を掴んだ。
「いいから、仕事はなし」
「でも」
「全て俺が変更の連絡と、予定の組み直しをして、部長には知らせてあるから、心配するな」
「そんな……」
嬉しいけど、予定をずらしてしまうと、業務を処理する為に社長が激務になってしまう。
「俺は君と一緒に居たいために、仕事の予定を立てていたところがある。だから、予定を立て直しても問題ないんだ。これからはもっと、ゆとりを持って仕事をするようにするから。悪かった」
「本当に? 本当に? 大丈夫なんですね」
「秘書の水越沙耶は消えろ。今から俺の恋人の水越沙耶だ。仕事の話はなし。さあ、買い物だ」
嬉しいような、そうじゃないような複雑な気持ちがあるのは、秘書という職業が、身体に沁み込んでいるからだろうか。
そんな私の心配を余所に、社長は私の手を繋いで、デパートの中に入った。
平日のデパートなど、大学の時以来だと思う。社会人が平日に来るのは退社してからだが、私の場合いつも残業で、開店時間に来られたためしがない。
「あ……」
一階はアクセサリー、靴、バッグ、化粧品の売り場がある。靴の売り場を通ってエスカレーターに乗ろうとしたとき、私のルブタンが目に入った。足を止めてじっと見つめる。
「どうした?」
「私のルブタン……」
「ルブタン? なんだ? それ」
有名なブランドだけど、社長は知らないみたい。社長だから一通りのハイブランドは知っていると思ってたけど、それは偏見だったようだ。
ヒールがパクパクしてしまったルブタンのパンプスは、家の玄関に無残に置かれている。弥生の大笑いの道具になってしまった、可哀そうなルブタン。修理をしようか、新しい靴を買おうかと迷っている最中だ。
「いつも履いているパンプスです」
「あー、あのヒールの高い靴か」
納得したようで、大きく頷いた。
「私の一部だったのに……」
「そのルブタンがどうしたんだ?」
「ルブタンでこうなったんです」
社長に見せるように、スニーカーを履いた足をあげて、足首をくるくる回した。