5時からヒロイン
時間が経つのは早くて、夕食の時間になった。恐れていた料理の時間。社長も独身で男なんだし、私のようにチンごはんを食べているに違いない。だから外食か、デリバリーにするはず。
しかし私の予想はまんまとはずれ、社長は、料理が得意だから作ると言い出した。
私にだって、何か得意なことがあるはずと、社長が料理をしている傍で懸命に考えるけど、何も浮かばない。食器を洗うのでさえ嫌いなのだ。
キッチンは調理器具も調味料も食材も、申し分なく揃っていて、気の利いた調理器具一つ無い、私のキッチンとは大違い。絶対に自宅には招けない。
そして、ソムリエエプロン姿の素敵なことといったらない。カットソーを肘まで捲り、腰から下のエプロンの色は黒。エプロンなんて、母の日に送るプレゼントでしか手に取らない私とは、これまた大違い。
広い背中、広い肩幅。たまらず後ろから抱きつく。
「どうした?」
「いいの……放っておいて……」
私の目はとろんとして、背中から感じる体温と、心臓の音を聞く。ちゃんと温かくて、生きている人間だ。私が毎夜、社長と思って抱いている枕とは大違い。
「おかしな奴だな」
料理がしにくいだろうと、リビングに戻ってテレビを観る。大画面のテレビを観ながら視線を天井に向けると、スクリーンまであった。
週末をゴミの山と戦っている私とは違って、社長の私生活は、整理整頓がなされ、こだわりある生活をしているようだ。
「沙耶、ごはんだぞ」
「はい」
私が「ご飯できましたよ、味はどうかしら? お口に合うといいんですけど」なんて言えればいいのだけれど、現実は違う。
ダイニングに用意されたおかずは、胃に優しい食事しか食べられない私用に、柔らかいご飯と、野菜の煮物だった。和食で煮物なんて、上級者クラスの腕前なはず。女としての見せ場が、私には何もない状態だ。
「いただきます」
「ゆっくり食べなさい」
「はい」
お茶まで淹れてあって、お母さんみたい。まともなご飯は、お正月以来かもしれない。
「……おいしい」
大根と人参、しいたけと厚揚げ豆腐が入った煮物。餡がかかっていてとても美味しい。なんといっても出汁が効いている。
他に、キャベツのお味噌汁とだし巻き卵まであって、副業で板さんをしているのだろうか。
「体調が良くなれば、イタリアンを作るよ」
なんですって? 和食だけでなくイタリアンまで。私だってパスタぐらい作れる、もちろんソースはレトルト。
「イタリアン?」
「嫌いか? 中華、フレンチ何が好きだ?」
「なんでも作れるんですか?」
「もちろん、本格的じゃないぞ。市販のソースも使うし」
いやいや、それでもそのレパートリーって。
「あのう……私は……なんでも食べますが……あのう……」
決して私に、「手料理が食べてみたいな」と言うことは言わないで欲しい。
「作りたいと思った時に覚えればいい、教えてあげるよ。その気がないなら、その気になったときに言えばいい」
秘書として長年の付き合いだけど、そんなことまでお見通しなら、私の部屋の中も透視しているはず。
「……は、い……」
姉二人は母親に台所に立たされて、一通りの料理を仕込まれていた。私はというと、あまりの不器用さに「怖くて見ていられない」と、匙を投げられる始末だった。
お茶やコーヒーを、美味しく淹れられるんだから、料理だって習えばシェフ並みに上達するはずだ。
しかし私の予想はまんまとはずれ、社長は、料理が得意だから作ると言い出した。
私にだって、何か得意なことがあるはずと、社長が料理をしている傍で懸命に考えるけど、何も浮かばない。食器を洗うのでさえ嫌いなのだ。
キッチンは調理器具も調味料も食材も、申し分なく揃っていて、気の利いた調理器具一つ無い、私のキッチンとは大違い。絶対に自宅には招けない。
そして、ソムリエエプロン姿の素敵なことといったらない。カットソーを肘まで捲り、腰から下のエプロンの色は黒。エプロンなんて、母の日に送るプレゼントでしか手に取らない私とは、これまた大違い。
広い背中、広い肩幅。たまらず後ろから抱きつく。
「どうした?」
「いいの……放っておいて……」
私の目はとろんとして、背中から感じる体温と、心臓の音を聞く。ちゃんと温かくて、生きている人間だ。私が毎夜、社長と思って抱いている枕とは大違い。
「おかしな奴だな」
料理がしにくいだろうと、リビングに戻ってテレビを観る。大画面のテレビを観ながら視線を天井に向けると、スクリーンまであった。
週末をゴミの山と戦っている私とは違って、社長の私生活は、整理整頓がなされ、こだわりある生活をしているようだ。
「沙耶、ごはんだぞ」
「はい」
私が「ご飯できましたよ、味はどうかしら? お口に合うといいんですけど」なんて言えればいいのだけれど、現実は違う。
ダイニングに用意されたおかずは、胃に優しい食事しか食べられない私用に、柔らかいご飯と、野菜の煮物だった。和食で煮物なんて、上級者クラスの腕前なはず。女としての見せ場が、私には何もない状態だ。
「いただきます」
「ゆっくり食べなさい」
「はい」
お茶まで淹れてあって、お母さんみたい。まともなご飯は、お正月以来かもしれない。
「……おいしい」
大根と人参、しいたけと厚揚げ豆腐が入った煮物。餡がかかっていてとても美味しい。なんといっても出汁が効いている。
他に、キャベツのお味噌汁とだし巻き卵まであって、副業で板さんをしているのだろうか。
「体調が良くなれば、イタリアンを作るよ」
なんですって? 和食だけでなくイタリアンまで。私だってパスタぐらい作れる、もちろんソースはレトルト。
「イタリアン?」
「嫌いか? 中華、フレンチ何が好きだ?」
「なんでも作れるんですか?」
「もちろん、本格的じゃないぞ。市販のソースも使うし」
いやいや、それでもそのレパートリーって。
「あのう……私は……なんでも食べますが……あのう……」
決して私に、「手料理が食べてみたいな」と言うことは言わないで欲しい。
「作りたいと思った時に覚えればいい、教えてあげるよ。その気がないなら、その気になったときに言えばいい」
秘書として長年の付き合いだけど、そんなことまでお見通しなら、私の部屋の中も透視しているはず。
「……は、い……」
姉二人は母親に台所に立たされて、一通りの料理を仕込まれていた。私はというと、あまりの不器用さに「怖くて見ていられない」と、匙を投げられる始末だった。
お茶やコーヒーを、美味しく淹れられるんだから、料理だって習えばシェフ並みに上達するはずだ。