5時からヒロイン
「料理は苦じゃないから、俺が作るさ」

呆れて嫌われてしまったらどうしようと思ったけど、社長の心は海のように広かった。近くにいてそんなことも分からなかったかと、反省する。

「もしかして、食事は作っていたんですか?」
「毎日じゃないが、ほとんどは作ってた。やはり体調管理は食事が大切だからな」

社長は一人だけの身体じゃなく、ファイブスター製薬全社員の身体でもある。起きてから寝るまで、ずっと社長業を背負わなくてはならないなんて、かわいそう。
私にもできることが見つかった。
社長を癒してあげることだ。せめて私と過ごす時間くらいは社長業を忘れさせてあげなくては。
こうして向かい合って食事をしているなんて、信じられないけど、まったく緊張しないのも信じられない。ハプニングは別として、初めて自分の意思で来た社長の家で、自分の家のように寛げるなんて、私と社長は赤い糸で結ばれていたに違いない。
食事をしながらも、ちらちらと社長を見てしまうのは、見たことがない社長の顔だから。

「どうかしたのか?」
「ううん、こうしているのが信じられないだけ」

食事の手が止まっていた私を心配したようだ。
ちゃんと揃えられた食器、栄養バランスの整った食事。こういうところに育ちというのが出てしまうのだろうか。
なんだかやっぱり、差を感じてしまう。
ゆっくりとした食事が終わると、私の出番。会社じゃなくてもお茶は飲む。私の見せ場が来たのだ。

「お茶を淹れますね」
「ああ」
「それと、食器くらい洗いますから」
「それはいいよ、食洗器がある」
「ああ……なるほど」

広く大きなアイランドキッチンで、食器を手洗いするわけがない。何もしないのはどうかと思って言ってみれば、撃沈でいい所がまるでなし。
食洗器の使い方を教えてもらい、お茶の準備をする。
コの字型にキッチンがあって、流しが二個もあってびっくり。作業をする台まであって、料理が好きな人にはたまらないキッチンだろう。
そのキッチンの上に食器棚があって、私の身長だから軽く届くけど、平均的な身長の女だったら、「届かない、取って~」と甘えるんだろうな。


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