5時からヒロイン
翌朝目を覚ますと、社長の姿がなかった。
親を探す迷子のように、私は社長を探した。

「社長~」

家の中は静かで、私の声以外聞こえない。

「それもそうか……」

私が目を覚ましたのは10時近くだったから、社長がいるわけがない。自分でも信じられないくらいに眠っていたようだ。
休日だってもっと早く目が覚めるのに、自分の家より心地が良かったのだろうか。
バッグからスマホを出すと、通知が点滅していた。
画面をタッチして見ると、社長からのラインだった。社用の連絡から恋人用にアップデートして、ちゃんとラインを交換した。

「おはようございます。社長」

ラインには、冷蔵庫に朝食と昼食が作ってあること、起きたら連絡をすることが書いてあった。

「ご飯!」

お腹が空いていたけど、自分の家じゃないからどうしていいか分からなかったから、とっても助かる。お腹が空いて倒れたなんて、シャレにならない。
走ってキッチンに行って冷蔵庫を開けると、丁寧にラップをかけた器が入れてあった。

「ごはん~」

さっそくレンジでチンして温める。キッチンで食べてしまってもいいかと思ったけど、それはお行儀が良くないかと、ダイニングに持って行く。

「いただきまーす」

柔らかいご飯と、キャベツのおひたし。厚焼き玉子と昨日の煮もの。一体全体、何時に起きているのだろう。何か何までパーフェクトだ。

「おいしい」

もぐもぐと食べていると、ラインの通知が来た。

「社長だわ」

既読になったから連絡を寄こしたに違いない。

『めしに夢中で俺のことを忘れたか?』
「大変!!」

確かに忘れていた。やっぱり社長は私のやることはお見通し。愛してやまない人なのに、食欲に負けてしまうなんて、可哀そうすぎる。
箸を置いて慌てて返信をするために、さっき起きたこと、ご飯が美味しいことをラインにして送る。
すぐに返信があって、夕食も作ってくれると書いてあった。

「愛されるって……ルブタンより嬉しい」

私はたまらず、弥生にラインをする。誰かに言いたくてしょうがない。
長ったらしいラインを小刻みに送信して、自己満足で食事を終える。返事は来なくてもいい、この気持ちを聞いて欲しいだけ。
少ない食器は手で洗って、食器棚にしまう。パジャマのままでご飯を食べていた私は、社長が買ってくれた部屋着に着替えて、顔を洗って歯を磨いた。

「忘れるところだったわ、クスリを飲まなくちゃ」

処方されたクスリを飲けど、正直もう必要ない気もする。それほど胃の調子が良かった。

「さて何をしようかしら」

必要な物は買ってくれたけど、やっぱり自分の家じゃないから、なんとなく落ち着かなくて手持無沙汰だ。

「う~ん」

バルコニーに出て外を見たり、観葉植物に水をあげたりしたけど、時間はそんなに潰せない。
家の中の物は、なんでも使っていいと言われたけど、恋人だって立ち入ってはいけない部分もある。
でも少し嬉しい気持ちもあった。家に私を置いて、なんでも使っていいという社長には、隠しごとがないってこと。

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