5時からヒロイン
「チョコレート、あめ、グミ……」
ストックバッグに油性マジックで書いて仕分けをする。二週間ぶりに出勤して、最初にしている仕事がお菓子の仕分けなんて、笑っちゃう。
チョコレートをストックバッグに入れながら、社長の言ったことを思いだした。
「チョコレートの匂いがした」
唇に溶かしたチョコレートを塗って、社長とキスをしたら、チョコレートキスになるんじゃない? いい考えだと思うけど、弥生に言ったら変態と言われそうだ。
「ぐふふふふ……」
ああ、いやだ、にやけが止まらない。
「水越くん」
「は、は、はい!!……痛い!!」
引き出しを全開にしていたことを忘れていて、社長に呼ばれて勢いよく立ち上がって足を出したら、スネに引き出しがメガヒット。猛烈に痛い。
「何をやってるんだ。大丈夫か?」
「い、痛い……」
「見せてごらん?」
「はい……」
社長は屈んで私の足を見た。そして見上げると、呆れた顔をしていた。
「何だってそんなにそそっかしいんだ?」
「……すみません」
変態的な妄想をしていましたとは言えない。
「こっちにおいで」
「はい」
手を引かれて社長室のソファに座らせられると、救急セットを持って来た。
「替えのストッキングはあるのか?」
「はい」
ストッキングは伝線をしてしまった。血は少ししか出なかったけど、皮が擦りむけた。
「消毒をして絆創膏を貼っておくから、着替えて来なさい」
「あ、自分でやりますから、お手を煩わせてしまいまして、申し訳ございません」
会社ということを、少し忘れかけていた。誰か見ていない所でも、ちゃんとする癖を付ければ、大勢人がいても普通に振舞えるはず。日頃の習慣が大事。
「沙耶、いいんだよ、普通にして」
「でも……」
だって朝は、社長の方が普通じゃなかったじゃない。
「俺こそ悪かった。普通にしようとしたんだが、少し無理があった様だ。誰もいない所では普通にしよう。もちろん仕事ちゃんとする。出来るか?」
「うん……じゃない、はい」
「よし、いい子だ」
頭を撫でながら、ソフトなタッチでキスをしてくれた。
オフィスラブ、秘密の恋、誰にも言えない恋。
背中がぞくぞくするスリル感が、私を燃え上がらせる。
「朝からお菓子の整理をして、何をにやけてたんだ?」
「え?」
いやだ、何処から見てたのだろうか。黙って見ていないで、声を掛けてくれればいいのに、悪趣味だ。
「まったく……仕事は完璧なのに、少し抜けて変な所がまた可愛い」
私をこれ以上酔わせてどうするつもり? まだ朝なのに、腰が砕けて立ち上がれない。
「お願い……もう一度キスをして」
今日もキス一つで頑張れる。
社内恋愛はまだ始まったばかりなんだから、何かあったとしても、それを楽しむ余裕を持ちたい。
社長がくれるキスは、高級なチョコレートより甘いのだから。