5時からヒロイン
会食が入っている社長と会社で別れ、私は弥生とマコと食事をすることにした。
急な誘いだったけど、私の話をききたいばっかりに、仕事を切り上げて来てくれた。
油物と生物がまだ食べられないから、ゆばと豆腐料理の店で食事をする。
「落ち着いていて、いい感じね」
地方のチェーン店が関東に出店した第一号店らしい。
床の間には季節の生け花と、掛け軸までかかっていた。
掘りこたつ式のテーブルがある個室で、弥生とマコと座る。あらかじめ料理は予約していたから、注文の必要はなし。二人はお酒を注文して、飲めない私の前で、美味しそうに飲んだ。料理の値段はリーズナブルだけど、落ち着いた店で個室もある。
「ほんと、どうなるかと思ったわ」
私の開口一番は、やっぱり胃腸炎のこと。もう二度とあんな思いはしたくない。
「ずっと痛いって言ってたもんね」
「神経に刺さる痛みって言うの? もう、脂汗は出るし、痛みで気は遠のきそうになるし、このまま死んじゃうのかなって思ったほどよ」
マコは自分に痛みが出たように、お腹を押さえた。
「沙耶かわいそう」
「でしょう?」
「でもさ、良かったじゃん」
弥生はにやけた顔で言った。
「そうよ、なんで言ってくれなかったの?」
弥生には社長とのことを話していたけれど、マコには内緒にしていたから、責められてしまった。
「だって、相手が相手でしょう? 言えないじゃない」
社長との恋を話したくてたまらない私は、言えないと言いつつ、にやけながら困った顔をする。
「失礼します」
障子の外から声がして返事をすると、障子が開いて料理が運ばれて来た。テーブルに配膳されると、三人とも初めてのゆば懐石で舐めまわすように料理を見る。
器も見事で派手さのないゆば料理を引き立たせていた。
湯豆腐、ゆばの刺身、みそがかかった豆腐、豆乳を温めながら自分で作るゆばと、豪勢な料理がならんだ。
「どうぞ食べて、今日はおごりだから」
「まじ? ホントに?」
マコは目を大きく開いて何度も聞く。
「本当よ、食べて」
「わーい、いただきます」
マコは大食いだから、これ以上は食べないでと心の中で思いながら、箸を持つ。
「話しなさいよ」
弥生が言った。
よくぞ言ってくれました。話したくてたまらなかった私は、何も口に入れずに箸を置いた。
「さあ、どうぞ。なんでも聞いてください。話す準備は出来ています」
背筋を伸ばして両手を広げた。隠すことなんか何もない。むしろ一から十まで話したい。
「また、おかしなこと言ってる」
いつも弥生は、私を変人扱いする。でも今日は怒らない。
「ねえ、社長との恋ってどんな感じ?」
マコは素直に聞いて来た。
「甘いの、とにかく甘いのよ。それに尽きるわ」
「え~いいなあ」
マコの素直さが心地いい。シャワーのようにもっと、そういう言葉を浴びたい。
「入院中は朝と夜に来てくれて、退院したらそのまま社長のマンションへ直行」
「ああ、あのやり逃げ簡易ホテルのこと?」
「違うわよ!! 失礼ね!」
直ぐに弥生はそうやって茶化して私を怒らせる。
「なに? 簡易ホテルって」
きょとんとしてマコが聞いた。マコはあの夜のことを知らなかったんだった。
「恋人になったんだからもういいよね」
「うん、いいよ」
「なに? なに? 聞きたい!」
「あのね……」
弥生は、私から聞いた話を脚色してマコに話した。もちろん嘘は訂正したけど、ほとんどあっている。
「沙耶って、どっか抜けているけどやることは大胆だったのね」
「やっぱり私って抜けてるの?」
自覚がない私は二人に聞くと、大きく頷かれた。
「社長にも似たようなこと言われた」
「抜けてるだけじゃなく、何処か一風変わってる」
弥生はいつもそう言う。
「変人扱いしないでよ」
「いいじゃない、完璧じゃない所がかわいいし、素直で意外と純粋な所があんたの売りよ」
人を上げたり下げたりするけど、弥生もたまにはいいことを言う。
「でさ、料理も完璧で、全部作ってくれて、寝る時はお姫様抱っこで寝室に連れて行ってくれるの。もちろん、おやすみのキスは当たり前。朝起きると出勤していて、キスが出来ないけど、社長のことだからきっと眠っている私にキスをしているはず。眠りの森の美女ね」
「……」
「大きなスクリーンがあってね、そこで二人で映画を観るの。腕を組んで社長に身を委ねれば伝わる体温……」
「……」
「私がキスを強請るとね……あ! それよりもっと素敵なこともあってね」
「はいはい、何でしょう」
「ちょっと具合が悪くなって、休んだ日があったの」
まだ、恋人になる前だったけど、私の中でも好きなシーンを話さずにはいられない。
「それで?」
二人は黙々と食べて、飲んでいるけど、そんなこと構わない。私はたまりにたまった恋バナがあふれ出て、止まらないのだ。話しがあちこちに飛んだって、ご愛敬じゃない。
それに。今までは二人の話の聞き役だったんだから、聞いてくれたって罰は当たらない。
急な誘いだったけど、私の話をききたいばっかりに、仕事を切り上げて来てくれた。
油物と生物がまだ食べられないから、ゆばと豆腐料理の店で食事をする。
「落ち着いていて、いい感じね」
地方のチェーン店が関東に出店した第一号店らしい。
床の間には季節の生け花と、掛け軸までかかっていた。
掘りこたつ式のテーブルがある個室で、弥生とマコと座る。あらかじめ料理は予約していたから、注文の必要はなし。二人はお酒を注文して、飲めない私の前で、美味しそうに飲んだ。料理の値段はリーズナブルだけど、落ち着いた店で個室もある。
「ほんと、どうなるかと思ったわ」
私の開口一番は、やっぱり胃腸炎のこと。もう二度とあんな思いはしたくない。
「ずっと痛いって言ってたもんね」
「神経に刺さる痛みって言うの? もう、脂汗は出るし、痛みで気は遠のきそうになるし、このまま死んじゃうのかなって思ったほどよ」
マコは自分に痛みが出たように、お腹を押さえた。
「沙耶かわいそう」
「でしょう?」
「でもさ、良かったじゃん」
弥生はにやけた顔で言った。
「そうよ、なんで言ってくれなかったの?」
弥生には社長とのことを話していたけれど、マコには内緒にしていたから、責められてしまった。
「だって、相手が相手でしょう? 言えないじゃない」
社長との恋を話したくてたまらない私は、言えないと言いつつ、にやけながら困った顔をする。
「失礼します」
障子の外から声がして返事をすると、障子が開いて料理が運ばれて来た。テーブルに配膳されると、三人とも初めてのゆば懐石で舐めまわすように料理を見る。
器も見事で派手さのないゆば料理を引き立たせていた。
湯豆腐、ゆばの刺身、みそがかかった豆腐、豆乳を温めながら自分で作るゆばと、豪勢な料理がならんだ。
「どうぞ食べて、今日はおごりだから」
「まじ? ホントに?」
マコは目を大きく開いて何度も聞く。
「本当よ、食べて」
「わーい、いただきます」
マコは大食いだから、これ以上は食べないでと心の中で思いながら、箸を持つ。
「話しなさいよ」
弥生が言った。
よくぞ言ってくれました。話したくてたまらなかった私は、何も口に入れずに箸を置いた。
「さあ、どうぞ。なんでも聞いてください。話す準備は出来ています」
背筋を伸ばして両手を広げた。隠すことなんか何もない。むしろ一から十まで話したい。
「また、おかしなこと言ってる」
いつも弥生は、私を変人扱いする。でも今日は怒らない。
「ねえ、社長との恋ってどんな感じ?」
マコは素直に聞いて来た。
「甘いの、とにかく甘いのよ。それに尽きるわ」
「え~いいなあ」
マコの素直さが心地いい。シャワーのようにもっと、そういう言葉を浴びたい。
「入院中は朝と夜に来てくれて、退院したらそのまま社長のマンションへ直行」
「ああ、あのやり逃げ簡易ホテルのこと?」
「違うわよ!! 失礼ね!」
直ぐに弥生はそうやって茶化して私を怒らせる。
「なに? 簡易ホテルって」
きょとんとしてマコが聞いた。マコはあの夜のことを知らなかったんだった。
「恋人になったんだからもういいよね」
「うん、いいよ」
「なに? なに? 聞きたい!」
「あのね……」
弥生は、私から聞いた話を脚色してマコに話した。もちろん嘘は訂正したけど、ほとんどあっている。
「沙耶って、どっか抜けているけどやることは大胆だったのね」
「やっぱり私って抜けてるの?」
自覚がない私は二人に聞くと、大きく頷かれた。
「社長にも似たようなこと言われた」
「抜けてるだけじゃなく、何処か一風変わってる」
弥生はいつもそう言う。
「変人扱いしないでよ」
「いいじゃない、完璧じゃない所がかわいいし、素直で意外と純粋な所があんたの売りよ」
人を上げたり下げたりするけど、弥生もたまにはいいことを言う。
「でさ、料理も完璧で、全部作ってくれて、寝る時はお姫様抱っこで寝室に連れて行ってくれるの。もちろん、おやすみのキスは当たり前。朝起きると出勤していて、キスが出来ないけど、社長のことだからきっと眠っている私にキスをしているはず。眠りの森の美女ね」
「……」
「大きなスクリーンがあってね、そこで二人で映画を観るの。腕を組んで社長に身を委ねれば伝わる体温……」
「……」
「私がキスを強請るとね……あ! それよりもっと素敵なこともあってね」
「はいはい、何でしょう」
「ちょっと具合が悪くなって、休んだ日があったの」
まだ、恋人になる前だったけど、私の中でも好きなシーンを話さずにはいられない。
「それで?」
二人は黙々と食べて、飲んでいるけど、そんなこと構わない。私はたまりにたまった恋バナがあふれ出て、止まらないのだ。話しがあちこちに飛んだって、ご愛敬じゃない。
それに。今までは二人の話の聞き役だったんだから、聞いてくれたって罰は当たらない。