5時からヒロイン
「お腹が空いてコンビニに買い物に行ったんだけど、心配した社長が来てくれてね、うふふ……ショートパンツのルームウエアを着ていた私の脚を隠すように、自分のジャケットを腰から結んでくれたの」
「え~それは羨ましい」

マコが言った。

「でしょう?」

マコは私と同じように、夢見る少女のようなところがある。弥生の冷めた顔をよそに私達は盛り上がる。

「男の視線があることを忘れないようにって! 俺様な感じで言ったりしないの。紳士でやさしく諭すように言うのよ? 堪らないでしょう?」
「ねえ、その先が知りたい~」
「その先?」
「その先って言ったら、その先よ、ねえ?」

弥生とマコが言った。言いたいことは分かった。

「聞いてくれる? ないの……」

私のテンションはだだ下がり。
確かに体調が万全の体勢で受けたいとは思っていたけど、やっぱり落ち込んでしまう。

「ない?」
「一緒のベッドで眠ってたのに……」
「あっ、そう……なの?」

私の落ち込みっぷりに二人は言葉がない。

「体調を気遣ってくれたのは分かるんだけど、キスだけってさあ」
「社長が大人なのよ。見る限りすこぶる元気だから近いうちにあるわよ」
「そうよね」

意気揚々と話をしていたけど、この問題に直面すると、私は落ち込むばかり。性欲が強いわけじゃ無いけど、封印してきた欲が一気に解放されてしまった今、発散せずにはいられない。
料理そっちのけで話に夢中だったけど、食べる気も失せて来た。

「普通に考えたらよ? 告白して付き合い始めて、早くて2,3週間したらベッドインじゃない? それ全部吹っ飛ばしてセックスしてるんだから、少し間を置いたっておかしくないわよ。それに沙耶の体調が良くなったら、眠れないほどの激しい毎日が待ってるわよ」

弥生が励ましてくれるなんて嬉しい。
弥生の言う通りで、私の場合はとんでもないハプニングから付き合いが始まっている。それを考えたら、なくても変じゃない。

「社長も男盛りだから、沙耶の方がダウンしちゃうかもね」

マコはにやにやしながら言った。

「そうよね。いきなりやっちゃったんだから、少し大人しくしてそれからよ、そうよ、そうよね!」

一気に元気になって来た。我ながら単純だと思うけど、こういうとき友達って大切だと感じる。一人で落ち込むより、分かち合えて励ましてくれる友達がいると悩みも半分になる。

「ねえ、いつから社長が好きだったの?」

何も教えていなかったマコは、いい質問をする。

「社長秘書になったときから」
「え!?」

箸を落としそうなほどびっくりしていた。私だってびっくりしている。年数にしたら7年で、こんなに純粋な人いるだろうか。始まりは最悪だけど、私と社長は純愛なのだ。

「沙耶って、一途だったのね……」
「そうなの、自分でも知らなかったんだけどね」

わき目もふらず社長一筋。本当に一途。

「ねえ、社長のどこが好きだったの?」

それまで興味なさそうだった弥生が、そのことには食いついた。

「そう言えば、私も聞いたことが無かったかも。どこが好きだったの?」
「お顔」

私の答えに二人はあきれ顔で、食事を続けた。

「うそ、嘘だってば」
「まったく、早く話せ」

弥生が怒る前に、冗談はやめておこう。

「好きになるのに理由なんかいる? ってよく聞くけど、本当にそうだった。気が付くといつも見守るように傍にいてくれて、厳しかったけど、丁寧に仕事も教えてくれた。社長なのに偉ぶることなんかなくて、人一倍勉強して努力をしている人だった。優しいとか思いやりがあるとか、そんなことじゃないの。尊敬できる人に初めて出会って、それが恋になったわけ」

真面目な話になってしまったけど、本当だ。顔だってスタイルだって好きだけど、それが一番じゃない。

「尊敬だよね。それ分かる」

弥生もマコもキャリアアップして頑張っている。

「若いときは、何処に連れて行ってくれたとか、イベントをしてくれたとか、プレゼントとか、愛されていることを形にしてくれないと嫌だったけど、なんていうのかな……躓きそうなときには手を差し伸べて、叱ってもくれるけど、見守ってもくれる。そんな人がいい……」
「私達も分岐点かもね」

弥生が言った。やっぱり2と3で大きな違いを弥生も感じているんだ。
大きく変わる女の年齢。私の恋バナを聞いてもらう会だったけど、最後は女の人生と年齢について哲学的な話になってしまった。
話しがそれるのが、女。
恋も仕事も全力投球だ。



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