5時からヒロイン
白いテーブルクロスに、キャンドルとフラワーアレンジメント。今日はクリスマスだったかしら?

「どうぞ」
「ありがとう」

社長が椅子を引いて私は腰かける。ボリュームのあるスカートの脇を、少しつまんで優雅に座れば、私は本当のレディだ。
キャンドル越しの社長の顔はますます素敵で、そして紳士。紳士ってなりたくてもなれるものじゃない。現に私の父親は、紳士になれずくたびれた中年になっている。
グラスにワインが注がれ、グラスを持ち上げ乾杯する。

「美味しい」
「飲みすぎるなよ?」
「介抱しれくれる人がいるじゃない」
「記憶をなくすような女の介抱は出来ないが?」
「意地悪ね」

口当たりのいい甘いワインは、今の私たちのよう。
フランス料理のフルコースで、順番に出される料理を、私はぺろりと平らげてしまう。

「美味しい」
「さっきからそれしか言わないな」
「だって美味しいから」

パクパク食べたらはしたないかな、なんて思いながら、美味しい料理の前ではそんなことも考えられない。
ワンピースはぴったりサイズで少しお腹が出始めるけど、ボリュームのあるスカートでごまかせるはず。

「ローストビーフ!!」

何より大好きなローストビーフ。フランス料理じゃないけど、フォアグラのステーキの横に置いてある。

「大好きだろ?」
「はい」
「もしかして特別に?」
「沙耶が好きだからね」
「嬉しい」

出されたローストビーフは私の知っているローストビーフじゃない。厚みがあってレアのステーキのよう。ナイフを入れると、弾力がありながら、ナイフに絡みつくようなねっとりしたレアの肉。肉汁が一気に溢れ出す。まずは何も付けずにいただく。

「う~ん、美味しい」

もう私の食欲は止まらない。薄くカットしたローストビーフもいいけど、これはまた格別。でもどうして私が、ローストビーフを好きなことを知っているのだろう。
一緒に帰るようなデートしか出来ていない私たちは、食事もしていない。社長が作ってくれた料理でも、肉料理は禁じられて食べていなかったのに。

「なんで私がローストビーフを好きだって知っているんですか?」
「ローストビーフ、ローストビーフ、もう食べられない。——寝言で言ってたからな」

社長は笑いを堪えるように言った。

「……いつの寝言?……まさか……?」
「あの夜だ」
「嘘ですよね!!」
「俺は嘘をつかないよ」
「だって、笑ってるじゃないですか」
「思い出し笑いだよ」

告白した記憶もなかったんだから、当たり前だけど、寝言なんかもっと記憶にない。
恥ずかしくて顔が赤くなると、

「おかしくて暫く眠れなかったよ」
「し、しりません!!」

いまも思い出したみたいで、くくくっと笑う。ひどい。

「真剣に! 本当にそんなこと言いました?」
「本当だ。黙ってようと思ったが、一人で抱えておくには、もったいないと思ってな」
「意地悪」

美味しく食べていたのに、そんなことを言うなんて許せない。
私はどこまでまぬけなのだろう。ほとほと自分が嫌になる。弥生が言う私は、私じゃないと思っていたけど、どうやら当たっているようだ。
ぷんぷん怒りながらも、デザートまでぺろりと平らげた。
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