5時からヒロイン
長い会議が終わり、社長にコーヒーを持って行くと、疲れている様子で目頭を指で押さえていた。

「失礼します」
「ん……」
「コーヒーをお持ちしました」
「ありがとう」
「お疲れさまでした」
「ああ……」

疲れている時に聞くのもどうかと思ったけど、聞かずにはいられなくて聞いてしまう。

「園遊会ですが、アメリカからゲストがいらっしゃるとか。部長からお聞きしました。いつお決まりになったんですか?」
「昨夜メールが来たんだ。私も突然のことで対応に困ったが、ビジネスパートナーとしては歓迎しないわけにはいかないだろう? 向こうからわざわざ来日すると言ってきているしな」
「そうですね」
「園遊会は秘書課の力を借りることになる。よろしく頼むよ」
「畏まりました」

こんなに疲れている社長を見るのは、久し振りだ。何もせずにコーヒーを飲んでいるのがその証拠。それなのに私は、社長を責めるようなことを言ってしまった。

「部長からお聞きして……少しだけショックでした」
「ゲストのことか?」
「はい」
「悪い、会議の内容も変更することになって、つい伝えるのを忘れてしまったんだ」
「忘れるなんて……」
「沙耶、悪かった」

秘書である私に伝え忘れるなんて、ありえない。秘書としてお払い箱になった気分だ。
社長のプライベートは知らないことが多かったけど、社長の行動と仕事は把握しているつもりだっただけに、本当にショックで、秘書としてのプライドが傷ついた。

「沙耶? 本当にごたごたしていて忘れていただけだよ。沙耶も朝から秘書課につめていただろう? 報告するタイミングがなかっただけなんだ」

いけない、仕事のことなのに恋人に戻って、言い訳をしている。そんなことをさせてはいけないのに、なんていうことだ。

「いえ、何でもございません。申し訳ありません」

私がこんなことで落ち込んでしまう原因は他にある。正直言って、報告が後からでも全く問題はないし、今までだってあってことだ。

「園遊会は秘書課の力が必要だ。楽しみにしていただろうが、よろしく頼む」
「畏まりました」

社長の身体は、いくつあっても足りないくらい忙しくて、私の悩みやわがままに付き合っている暇はない。

「さあ、仕事、仕事」

気持ちを切り替えて秘書に徹しなければ、社長の業務に支障をきたす。秘書になってから、社長を全力で補佐して来た私のプライドだ。
クルーザーデート以来、付き合いは順調で、時間を見つけてはデートもしている。
それだって社長が時間を作ってくれているからで、不服なんてないし、言ってはいけない。
秘密の関係が続いていて、意外とスリルがあっていいかもなんて、呑気に言っていたのはついこの間だったけど、付き合いが深くなるにつれ、大きな問題なんじゃないかと思い始めている。

「まてよ……会長の奥様は秘書だったはず……秘書課は、玉の輿課……もしかしたら、もしかするかもよ?」

自分でも感心するくらい切り替えが早くて、特技にしてもいいくらい。

「そうよ、忘れてたわ。秘書課は玉の輿課。社長の年齢からして、結婚も視野にいれているはずだし、私のことは何もかもお見通しなんだから問題はないわ」

身体の相性だってばっちりだったし、社長夫人としてのマナーだって問題ない。別れが前提の付き合いじゃない。

「そうよ、社長は私に夢中なんだから」

朝と帰りのキスの挨拶は習慣化されていて、時間がある時は自宅まで送ってくれる。
帰りの車の中で交わすキスはディープで、とろけてしまうほどの濃厚さ。

「うふ」

落ち込んでいたはずだけど、社長とのキスを思い出すだけで元気になる。やっぱり私は単純なのだろうか。



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