蒼月の約束

ふと、少年の動きが止まり、エルミアはやっと頂上が近づいたのが分かった。

少年はエルミアが最後の段差を上るのを、待っていてくれた。


「ここが、鴉の社だ」

頂上にぽつんと小さな古ぼけた黒い社が建っていた。


真っ黒いから「鴉」。


そう言われるのも無理はないくらい、この薄気味悪い森にマッチしている。


「入るよ」

普段であれば絶対に近づかないような恐ろしい雰囲気を醸し出している社に、少年は何の躊躇もなく扉を開けて、中に入って行く。

エルミアは触っただけでも、何か呪いがかかるのでないかと、なるべく近寄らないように、中をのぞき込んだ。


「これか」

少年を目で追うと、社の中に一つ箱が置かれていた。


どこからも光は一切入って来ていないというのに、箱は不気味な光を放っている。


社の中に入る勇気がないエルミアは、少年が箱を開け、その巻物を取り出しているのを見守っているしかなかった。


この少年に聞きたいことが沢山あった。


なんでこの場所を知っているの?

女王の手先じゃないの?

どうして精霊の書を狙っているの?


だけど、まだ疲れで酸素が回り切っていないのか何も言えない。


彼から巻物を取り返さないといけないのは分かっているのに、体がいう事を聞かない。



少年は、一通り巻物を読むと小さな声で「ふうん」と呟いて、エルミアに向かって巻物を放り投げた。


間一髪のところで、手のひらサイズの小さな巻物を受け取ったが、エルミアは何が起きているのか一瞬分からなくなった。

「…え?」

少年が、まだ状況を把握できない表情のエルミアに言った。

「僕はもう記憶したから」

そして、さっさと社から出て行く。

エルミアは、何とかカラカラの喉奥から声を絞り出した。

「あなた、一体…」

一瞬少年の瞳が曇ったが、すぐに答えた。


「レ―ヴ、とだけ言っておく。じゃあね、予言の娘さん」

そう言い残すと、音も立てずにその場から立ち去った。

まだ息の整わないエルミアだけが、そこに一人取り残された。
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