蒼月の約束
着いて行きます、と頑なに主張したリーシャたちを王宮に残して、エルミアは一人でドワーフの村へと歩いていた。
呪いが解けたエルフの森は、今まで以上に神秘的な輝きを放っていると思えた。
太古の森とは大違いで、一人でいるというのに安心感さえ胸にあふれてくる。
どこからか鳥のさえずりに交じって、川のせせらぎさえ聞こえくる。
胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んで、リラックスしていたエルミアは、無意識のまま目的地とは別の方へと足を進めていた。
付き人のエルフたちがいないのは、ずいぶん昔のような気がした。
青白く輝く木々の間を抜けると、湖が姿を現した。
「ここ…」
つい昨日のように思い出してしまう、この湖での出来事。
必死になって元いた世界に帰ろうとしていた、あの時。
王子が助けに来てくれなかったら、自分はここで溺れていたと思うとぞっとした。
風がない穏やかな日。
なのに、水面はゆらゆらと揺れている。
「…不思議」
何がなんでも帰ろうと思っていたあの時に比べると、今の自分にはあの必死さがない。
記憶が消えることが、あんなに恐怖に感じたのはつい数日前なのに。
その時、ふと耳に届く声が聞こえた。
【フキを探しなさい…】
「…え?」
【フキの住人を探すのです】
辺りを見渡しても、誰もいない。
水の中から聞こえてくるようにも思える。
「誰…なの?」
【フキを探しなさい】
最後に、また同じ言葉を呟いて、声は聞こえなくなった。
「…ふき?」
エルミアは、しばらく水辺に佇んだあと、本来の目的を思い出してドワーフの村へと足を運んだ。