蒼月の約束
「読むぞ。

エルフ界に、また新たな歌姫が誕生した。
リウル一族は、遥か昔から音楽や歌で生き物を癒す力を生まれながらに持っていると言われている。
また、精霊と唯一通じ合える家系であるため、皆恐れつつも尊敬していた。
彼らは全世界を旅し、傷ついたものを癒し続けている。
幼子が成長し、立派な歌姫になったという噂の娘が、明日(あす)我々の土地にやって来る。
その後、王に謁見する予定だそうだ。
私たちがリウル一族を王宮に連れて行く任務なのだが、息子のアゥストリがエルフと喧嘩をしないか不安なところだ…」


アゥストリが言葉を止めたので、エルミアは聞いた。

「この時のこと覚えてる?」

ボロボロで茶色く薄くなったノートを未だ凝視している。

「妙だな。
確かに、私と父は王宮に顔を出している。
初めて、エルフの王と妃、そして王子に会った時のことは覚えている。
しかし、歌姫のことは全く記憶にないぞ…」

それからアゥストリはエルミアの方を向いた。

「私たちが王宮に行ったということは、絶対その一族を連れて行っているはずだ。用もないのに、エルフに会いに行くはずがない」

「じゃあ…彼女の記憶だけ、消されたってこと?」

頭を持ち上げ、顎に手を当ててエルミアは言った。

「もしかして、女王が…」

しかし、驚いたことにアゥストリは首を振る。

「それはないだろう。女王の呪いは確かに凄いが、この世界全体にかけられるほど強力でもない。女王がわしら全員の記憶を消せるとは思えん」

「じゃあ、一体だれが…」

これ以上思い当たる節が見つからず、二人の間に沈黙が流れた。


しばらくしたあと、エルミアは、アゥストリの家の中を見渡して言った。

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