蒼月の約束
あの日は思い出したくないと、リーシャは顔をしかめた。
「女王の城に行った日だったね」
エルミアがリーシャの表情を読んで言った。
「はい…。あの場所は、この世界で一番恐ろしい場所です。自分が生を受けているという絶望感と、全く生きる気力のない喪失感で出来ている土地と言っても過言ではありません」
リーシャの隣でナターシャが思い出したように身震いした。
「全ての気力を取られるような場所でした。女王の元に一度入ったものは戻って来られないというのは、元の場所に帰りたいという気力を全て吸い取られるという意味だと思い知らされました。あの時、王子の保護呪文がなかったら、私たちは…」
そこでリーシャは口をつぐんだ。
相当恐ろしい記憶らしい。
白い顔がさらに青白くなるのを見て、これ以上は聞かない方がいいと思ったエルミアは黙ったまま馬に乗った。
「海に行こう」
それだけ呟いて、エルミアは手綱を持ち、動きがぎこちないエルミアに耐えているだろうナタリーに「白い砂の海岸へ行ってくれる?」と頼んだ。
ナタリーは頷くように目を瞬き、歩を進めた。
相変わらず青く透き通る海は、美しい。
暖かい太陽の光を一心に浴びていると、心が晴れ晴れしていく気がする。
心労が絶えないリーシャとナターシャにも届くようにと、エルミアは歌を歌い始めた。
その時巨大な鳥が、エルミアめがけて飛んできた。
エルミアは「ぎゃ!」と叫んで後ずさる。
その大きな鳥は、近くの岩に止まると自分の羽根を整え始めた。
「び、びっくりした…。ただの鳥か」
早まる心臓を抑えながらエルミアは呟くように言った。
〈わが名は、ローワン〉