蒼月の約束
「バンシーが、攫われた…」
苦しそうに呻きながら人魚は言った。
「攫われた…?」
「数日前…お前たちとは別のエルフの団体が来た。その中の一人が、わらわ達をこんな目に…」
「まさか…」
サーシャが息を飲むのが聞こえた。
「漆黒の髪に、赤い目をしておった…」
「女王…」
リーシャがすぐさま反応した。
「そいつらは?」
「どうやってここに辿り着いたのかは分からぬ。竜宮の使いを使わずにやってきた侵入者だ…。そやつらは、セイレーンの居場所を吐けと迫ってきた。すでにわらわ達は戦闘体勢に入っていたが、このざまだ」
人魚は苦しそうに息を吐き、笑った。
「太刀打ちできる相手ではなかった。セイレーンは連れて行かれた…」
「今はもう女王の城だろう」
リーシャが呟き、それから人魚に向かって言った。
「すまない。この呪いを解くことは我々には出来ない」
「分かっている」
人魚は諦めたように言う。
「しかし…セイレーンはどうか、助けてやってくれ…」
そう言って人魚は静かになった。先ほどまで聞こえていた荒々しい息遣いが止んだ。
「女王は弱っていると聞いていたが、なぜ…」
リーシャがそう言った時、ふと手が緩んだ。
そしてその時、長い指の隙間から外がかすかに見えた。
赤い髪をした人魚が、巨大な蔦に巻き付かれている。
それだけではなかった。
以前は威厳さえ保っていた竜宮城が粉々に破壊され、大きな緑色の木でがんじがらめにされている。
そしてその周りには、人魚たちがまるで美しい彫刻のように直立したまま蔦に巻き付けられていた。
ほとんどが眠っているように見えるが、顔は石のように灰色だ。
人魚たちの美しい色とりどりの髪の毛が波に漂っている様子が、不気味だった。
「う、嘘…」
エルミアの反応にリーシャが気づいた。
またもや手の力を強め、目隠しをする。
そして恐怖で小刻みに震えているエルミアに安心させるように言った。
「落ち着いて下さい。女王の呪いで、眠らされているだけです。命に別状はありません」
エルミアの呼吸は荒く、返事はなかった。
「一度、戻りましょう」
リーシャの手の下でエルミアは目を固く瞑った。
それでも今見た光景が頭から離れることはなかった。