蒼月の約束
第二十九話
首が痛くなるほど高く、重厚感のあるドアの前で二人は立ち止まった。
そこにもやはりと言うべきか、トロールが二体、門番のように待機している。
フードを深くまで被ったレ―ヴが二人に言った。
「予言の娘を連れて来た」
トロールは顔を見合わせてから、頷き、巨大な扉を力任せに押した。
レ―ヴが先に入ろうとすると、耳障りな声でトロールは言った。
「娘のみ、と言われている」
「…分かった」
朱音は足を止めてレ―ヴを見るが、それと同時にトロールに突き飛ばされるように背中を押された。
「女王陛下がお待ちだ。早くしろ」
その勢いで、床に思いっきり転ぶ。
ドアが閉められる音がして慌てて振り向いたが、レ―ヴの姿はすでに見えなくなっていた。
腹の底に響く音を響かせて扉が閉まり、大きな広間に静寂がおとずれた。
朱音は閉まったばかりの扉をただ見つめるしかない。
「来たか」
ぞくっとした。
まるで肌に突き刺さる凍てついた風のような声だ。
朱音は振り向いた。
大きな窓から差し込むぎらついた太陽の光に照らされて、女王は立っていた。
床まで伸びた漆黒の髪が、滑らかに美しくきらめく。
目は燃えるように赤い。
顔を一瞬見ただけで、みんなが女王を恐れる理由が分かった。
目が合うだけで、背筋が凍る。
自分の心の奥底に隠している醜い部分まで見透かされそうな瞳に、何かをかぎつけたように愉快に笑う口元。
女王の一挙一動が、自分を全てさらけ出してしまった感覚に陥らせるのだ。
朱音は、絶対に負けまいと両手を握りしめた。
セイレーンを助けて、亜里沙と元の世界に戻る。
その為に、私はここにいる。
そう言い聞かせ、自分を勇気づけないと、恐怖でこの場から逃げ出したい葛藤に負けそうだった。
「よく来た、エルミア」
エルミアという名前を味わうかのように女王は前へと進み出た。
「お前を待つのは長かった」
愉快そうに笑う女王を、朱音はただじっと見つめる。
「しかし、良い働きをしてくれた」
金色の装飾が施された豪華な椅子を撫でながら話し続ける。
「精霊の道具を見つける手間が省けたからな」
「何を…?」
朱音は目を見張った。
女王が精霊の道具を探しているのは知っていたが、道具のほとんどは自分たちが手に入れた。
女王の手元にはまだないはずだ。
「知っているか?精霊の道具を手に入れるには、ある犠牲が必要だ。その危険は冒したくなかった」
朱音は鈍くなりつつある思考を巡らせた。
古代花を取った時に、リーシャがそのようなことを言っていたことを思い出す。
「等価交換…」
「そうだ」
女王は視線を朱音に向けた。
「お前たちは、良くやってくれたよ。最後の一つまで見つけてくれた」
「最後…?まだあと一つ、残っていたはず…」
「桃色の石なら、とっくに手に入れている。しかし、その時我々にも失ってしまったものがある。失
うにはおしい存在だった。だから、お前たちを利用することにした」
「で、でも…」
女王は朱音との少しずつ朱音との間合いを詰めていく。
「今は王子が全て…」