蒼月の約束
レ―ヴは慎重に辺りを見渡し、今にも壊れそうな古びたドアが、ギイッと音を立てて開けた。
すぐさまレ―ヴが口元を抑えなければ、朱音は城内にまで届くほどの叫び声をあげていただろう。
塔の中には大小さまざまな木や植物が乱雑に植えられていた。
いや違う。
みな元は生き物だったに違いない。
何体もの生き物が植物に絡まるようにして眠っていた。
竜宮城でみた、あの不気味な光景が一気に蘇る。
恐怖が体中を支配する。
目を覆いたいのに体が動かない。
「見せたいものがある」
朱音の隣でレ―ヴは言った。
ゆっくりした足取りで前へ進んでく。
眠っている生き物のほとんどがエルフだが、体の一部が木や植物の一部と化している。
「…あの人…腕が、木になってる…」
辺りを見渡し、恐怖の森を歩きながら朱音は声を絞り出した。
「このまま眠らされていると、いつの間にか植物の一部になり、いつかは植物と化す。本人たちは寝ているから気がつかないけど、本当に趣味悪いよね」
木々を見つめ他人事のように話すレ―ヴが突然恐ろしく感じ、朱音は立ち止まった。
「どうしたの?」
「ど、どうしてそんなに平気なの…?同じエルフだよね…?」
レ―ヴはあざけるような笑顔を浮かべた。
「同じエルフ…ね。ここにいるのは、ほとんどが王族だよ。しきたりや伝統を重んじる奴ばかり。僕は痛くもかゆくもないけど」
その歪んだ笑顔が、つい最近どこかで見たことがある気がした。
「なんで…王子を…王族を恨んでいるの?」
朱音は自分でも気がつかない内に後ずさりしていた。
これは自分の知っているレ―ヴじゃない。
妹を助けてくれた優しいレ―ヴの面影が全くない。
「僕たちは、追放された。その奴らの謳う代々伝わる、習わしのせいでね」
「つ、追放…?」
「君がどんな世界から来たのか知らないけど、エルフの世界にも格差や迫害はある」
そう言ったレ―ヴの瞳が陰った。
「僕の親は純粋なエルフじゃない。混血だった」
「混血…」
「そう。他の種族との混血」
確かに言われてみれば、レ―ヴ以外に赤褐色の肌をしたエルフは見たことがない。
少なくとも王宮内では。
「王族の奴らは、混血は卑しい存在だと謳って来た。純血こそ全てだと。だから僕たちは長い間ずっと迫害を受けてきた。この世界に僕らの居場所などなかった」
見開かれたエメラルドグリーンの瞳には、色々な感情が入り混じっているのが見えた。
「存在しているのに、生きていてはいけない。それが僕たちだった。そして…」
そこまで言って、言葉を切った。
今までとは全く違う、初めて見る悲しみで溢れた瞳。
その時初めて、レ―ヴはまだほんの小さな子供だと分かった。
「女王に双子の姉を奪われた」
言葉が出なかった。
「蒼月の日、君の代わりに生贄として向うの世界に捧げられた。それが僕の双子の姉だ」
仲睦まじそうな家族の光景が、またもや頭の中によみがえる。
自分の居場所だったところに、自然といた緑色の瞳をした女性。
「じゃ…じゃあ、なんで恨んでいるはずの女王に協力…」
声が掠れた。
「近くにいれば、姉を取り戻す方法が見つかると思った。現に女王に従えば、取り戻してくれると約束してくれたしね。それに」
そう言って朱音に向けられた鋭いエメラルドグリーンの瞳は、憎悪で燃えていた。