蒼月の約束
その中で違和感にも村の至るところに立っている白と金で飾られた旗。
しかしその旗が何を示すのか全く知らないヘルガの視線には入らない。

最後に両親と離れ離れになってしまった小屋へと足を進める。

その小屋も例外ではなく、見事なまでになぎ倒されていた。両親と住んでいた時の面影は一つも残っていない。
ひもじいけれど、両親との幸せだった思い出がよみがえり、涙が頬を伝った。

少女は素手でその場を掘り起こし始めた。

皆で過ごした記憶の破片を探すかのように。
私たちがここにいたという痕跡を見つけ出すために。そして、二人を探すかのように。


「やめろ…」

兄が言う声が聞こえない。

父さん、母さん…

そこにはもういないと心のどこかでは分かっていても、手を止めることが出来なかった。

手が血と土で汚れ、手先の感覚が消えかかってきた時、一冊の分厚い本が、潰れていた竈(かまど)の奥に埋められているのを見つけた。

少女の手が止まり、ダヤンが声をかけた。

「それは…?」

本を大事そうに手で抱き、土をきれいに取り除いている様子を不安げに見つめる。
しかし、表紙の悪魔の模様を見た瞬間、さっと顔色が変わった。

「おい、今すぐここから離れるぞ」

まだここにいたいと首を振る少女の腕を掴み、ダヤンは帰路へ急いだ。

大事に本を抱えている少女は、初めて見る兄の険しい顔など目に入ってなかった。

家に着き、未だ本から手を離さないままのヘルガが口を開いた。

「どうしたのだ?」

ぱちぱちと燃える暖炉の前で、ダヤンはしばらくの間沈黙していた。

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