蒼月の約束
真っ黒い革張りの表紙には、瞳が赤くぎらついた化け物が大きな翼を添えて描いてあった。

好奇心に駆られ、ヘルガは胸をドキドキさせながら表紙をめくった。

兄の命令に背いているという罪悪感と、生前に一度もこの本の存在を話してくれなかった両親の秘密がわかるという興奮の気持ちが交差していた。

文字の読み書きなど教わったことがないのに、なぜかそこに書かれている文字は追うことが出来た。

兄が帰ってくる気配がないのを確認してから、ヘルガは森の中へと足を進めた。日が明るいうちは、ねずみやうさぎなど小さな動物が森を走り回っている。

大きな本を横に置き、ヘルガは小さな花が一面に咲いている場所へと腰を下ろした。目の前の小さな黄色い花を見つめ、本に書いてある通り口に出して読んでみた。

ふと、体の内側からゾクゾクとした感覚に似た高揚感が生まれた。

かざした指の先から赤くとも黒い煙のようなものが出て来た。その煙が目の前の花にまとわりつくと、一瞬にして花は茶色く変色し、萎れた。


何が起きたのか、状況を判断するのに少し時間がかかった。

少女の心臓は興奮で、早鐘のように鳴っている。


なんだ…これは…


初めて覚える体の内側から沸き上がる、緊張にも興奮にも似た感覚。

先ほどまで元気に咲き誇っていたとは思えないほど黒くなり、生命が完全に失しなわれた植物を、ただ眺めていた。


その時どこかで兄が自分を呼ぶ声がした。


ヘルガは慌てて、近くの木のほらに本を隠し、辺りにあった葉っぱをかき集め、その場をあとにした。

< 264 / 316 >

この作品をシェア

pagetop