蒼月の約束
「悪いことなど何もしていないのに。生きているだけでダメだと言うのか…」
少女は薄汚れて穴だらけのズボンの端を強く握った。
「俺の両親も迫害を受け、命を落とした」
ダヤンが呟いた。
「王権が変わってから下された命はソー族のことだけじゃない。純血以外は排除しろという命もだ」
初めて話す兄の過去。
人里から離れて一人で暮らしていた理由。
それは自分の両親と似たような境遇だったからだ。一目に付かないように王族の目からかいくぐるようにして生きていたのだ。
少女の雪のように真っ白い肌とは違い、逞しく力強くも見える浅黒い肌。
きっと王族にとってそれも脅威に見えてしまったのだろうか。
少女の大きな青い瞳に影が宿り、兄は明るく笑った。
「ま、俺はもともと人付き合いが苦手だけどな!」
そう言いながらいつものように乱暴にヘルガの頭を撫でた。
それから横に置いていた本を持ち、真剣な表情になった。
「お前を危険な目に遭わせたくない。これは危険な代物だ。お前の両親の遺産だと思って残しておいたが、これ以上は見逃せない」
そして少女が何か言う前に、煌々と燃え上がっている暖炉に投げ入れた。
辺り一面をどす黒い煙が包み込んだ。少女は何も言わず、静かに本が燃えていく様を見つめた。
これで兄が安心するならそれでいいと思った。
ただ、本の中身を全て暗記してしまっているとは、普段の明るい兄に戻ったダヤンに言えるはずもなかった。