蒼月の約束
第三十三話
灰と化した森についても、燃やした本についても、それ以来二人が口に出すことはなかった。
その話題さえなければ、二人は仲睦まじい兄妹のようにいられた。
そしてまた明るく幸せな日々が戻ってきた。
ある日、美しい女性が訪ねてきた。
一目見て純血のエルフだと分かった。
自分と同じく白い肌に、毛先がカールした金色の髪。そして上品に浮かべられた笑顔。
兄が誰かを連れて来たのは初めてだった。
最近ずっと気分良く出かけると思ったら、町でこんな人に出会っていたとは。
話し方も穏やかで、よく笑う人だった。
それ以来三人で一緒に過ごす時間が増えた。皆で笑い合う日も増えた。
二人よりも三人でいるほうが幸せだったし、なにより兄が幸せそうにしているのを見るのは少女にとっても嬉しいことだった。
ヘルガの中でも女性の存在がどんどん大きくなり、本物の姉のように慕うようになった。
いつものように森で果物を採取していると、小さくて丸い実ったばかりの美味しそうな花イチゴを
発見した。
ヘルガは大事そうにそれを摘み取り、向こうで兄と楽しそうに話しているエルフに声をかけた。
「ロダ。これ」
満面の笑顔を浮かべて少女はそれを差し出した。
「あら、花イチゴ。いいの?こんな貴重なものを」
嬉しそうに目を細めて喜ぶ女性の隣で、兄が口を膨らませた。
「兄にはないのか?」
「ロダは特別だから」
その言葉を聞いて二人は顔を見合わせて笑う。
「ん~じゃあ、これはお返しね」
ロダはそう言いながら、首に下げていたネックレスを外しヘルガにかけた。
「これは?」
星形にくり抜かれたネックレスを見つめながら少女は聞いた。
まだ年端もいかない少女にはいささか大きい気もするが、光が当たると七色に光るそれが一目見て気に入った。
「私の母から貰ったの。お守りみたいなものよ」
「おい、いいのか?そんな大事なものを」
ダヨンが腰に手を当て、呆れたような声色で言った。
「すぐ失くすぞ、ヘルガは」
「一生大事にする」
真っ直ぐにロダを見つめ、少女は言った。
「ありがとう」
ロダは満足そうに優しく微笑み、少女の頭を撫でた。
こんな幸せがこれからもずっと続くと思っていた。
あの日が来るまでは。