蒼月の約束
「痛い…」
ひりひりとする頬を押さえ、兄を見つめた。
「…夢ではないのか?」
「お前、一体どうしたんだ?いいから、行くぞ」
呆れたように言い、兄はヘルガの腕を引っ張った。
「お前の両親が待ってる」
「な、両親だと!」
カッとなったヘルガは腕を振りほどいた。
「どんな冗談だ!兄さんも知っているだろう!両親は王族の奴らに殺され…」
「何言ってんだ」
兄のさらに困惑した状態が伝わってくる。
「お前の両親なら城下町へ調合用の魔法の草を買いに行ったじゃないか。
二人が帰宅しても、お前が見えないんでって俺が探しに来てやったんだぞ」
嘘を言っているようには見えない。
嘘を吐く時はいつも目を逸らす癖があるのをヘルガは遠い記憶に思い出していた。
一体どうなっている。
「城下町だと?私たち一族は王宮に近づくのだって許されない…」
ダヨンはよく分からない顔をしている。
「なんでだ?なんで許されないんだ?」
「いい加減にしてくれ!私がなんの為に復讐を…」
そこまで言ってヘルガは口を閉じた。
思い出せなくなっていた。
誰かに対して許せないほどの怒りを持っていたはずなのに、全く覚えていない。
何かあったはずなのに、自分が復讐に狂い咲いた感覚だけは何とく記憶しているのに。
誰がそこにいたのか、何の為に復讐しようとしたのか、全く思い出せなくなっていた。
まるで指先からこぼれていく砂のようにサラサラと記憶が薄れていく気がした。
何かがおかしい…。
そう思っていたのに日が経つにつれて、そんな奇妙な感覚もなくなっていった。