蒼月の約束
第三十五話
王子の様子が変だ。
そうグウェンが思ったのは、いつも規則正しく執務に励んでいた王子がいつの間にか人の目をすり抜けて姿を消すことが増えたのがきっかけだった。
また王子がいないと、別のエルフに言われ王宮内を歩き回る羽目になるのはこれで何度目だろう。
グウェンは心当たりある場所を徹底的に探した。
噴水のあるベンチに座って空を見上げているかと思えば、今はあまり使われていない図書館塔へ入り浸っていることもある。
そういう時はいつでも、心ここにあらずとでも言うようにぼーっとしていることが多いのだ。
しかし、今日はそのどちらにも王子の姿はない。
ため息を吐きながらグウェンは廊下を歩いていると、どこからかエルミアの歌が聞こえてきた。
グウェンは踵を返し、婚約者なら居場所が分かるのではと来た道を戻る。
エルミアは自室の窓辺から賑やかな城下町を見下ろし、歌を口ずさんでいた。
しかしグウェンの急いた足音に、すぐさま歌うのを止めた。
エルミアが振り向き、春風のように爽やかな笑顔を向けた。
「リンディル様?」
礼儀正しくお辞儀をし、グウェンは固い表情のまま聞いた。
「王子、お見かけしませんでしたか?」
残念そうに首を振りエルミアは顎に細い指をあてた。
「一体何があったのかしら…。あんな状態のリンディル様は今まで見たこともありません。王様やお妃さまにお聞きしても、何も分からないと…」
「私どもにもさっぱりです。今までは全く問題がなく、むしろとても賢明に仕事をされていました。ただ、ここ数日同じ夢を見るとおっしゃった日から…」
興味深げにエルミアは長い睫毛を上げた。
「夢?」
「はい。毎回同じ夢で起こされるとか。ただ夢の内容は必ず忘れてしまうみたいで。一体、どんな夢なのか」
グウェンはそれからエルミアに視線を向けた。
「エルミア様は王子から何かお聞きしていませんか?」
「いえ…。お尋ねしても、何も、というばかり。わたくしに対する態度は今までと何も変わらずお優しいのです。しかし、笑顔でいらっしゃるのに、笑っていないような。目の前の私ではなく、別の誰かを見ているような。そんな感覚に陥ってしまうのです。私が何かしてしまったのでしょうか…」
グウェンは頭を横に振った。
「執務のお疲れが出ているのかもしれません。エルミア様もあまりご心配なさらぬよう。ご婚約者様として王子を助力のほど、よろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をし、グウェンは部屋から出て行った。
その後ろ姿を見つめるエルミアの瞳には不安そうな色が映し出されていた。