蒼月の約束
―「…王子!」―
また、この夢だ。
いつも知らない誰かが自分を呼んでいる。
お前は、一体誰なんだ…
アルフォードは夢の中でそう呟いた。
―「おい、知っているのか?この花の意味を…」―
この声は、私か…?
私は一体誰と話しているのだ。
―「ありがとう、みんな…」―
頭の中で鐘のようにこだまする弱々しい声。
小さな影が遠くの方で動いた気がした。
そこで目を覚ました。
日の光が部屋に差し込み、鳥が楽しそうに鳴いている朝。
爽やかな朝のはずなのに、心はなぜか重たい。
いつも同じ夢を見ている気がするが、目を覚ますといつものように何も思い出せなくなっている。
何かが、忘れてはいけない何かがあった気がする…
「おはようございます。王子」
いつのもように規則正しく部屋に入って来たグウェンが、側に来て言った。
「エルミア様がまた歌っていらっしゃいますね」
付きそいのバトラーやメイドがアルフォードの支度をどんどん仕上げていく。
「そうだな」
エルミアの歌声も響く明るい城内なのに、何かが足りないと感じてしまうのは自分だけだろうか。
グウェンが隣で今日の予定を話しているが耳に入って来なかった。
「王子!」
グウェンが声を上げ、アルフォードは我に返った。
目の前にいるエルフが不思議そうに見つめている。
自分が今どこにいるのか思い出した。
自分に来客だと謁見の間に呼ばれたのだ。
「すまない、フレイ。なんの話だったか…?」
フレイと呼ばれた褐色の肌をした銀髪のエルフは首を横に振った。
「ご多忙でお疲れの様子ですね。本日はお暇(いとま)します」
隣にいる同じ緑の瞳が目立つ若いエルフに声をかけた。
「また別の機会に来よう、フレイヤ姉さん」
丁寧にお辞儀をし、仲睦まじそうに帰っていく二人の後ろ姿を見送りながら、アルフォードは大きなため息を吐いた。
あの夢を見始めてからというもの、何事にも集中出来ない。
夢の内容は一切覚えていないのに、あの聞き覚えのない声が耳の奥から消えない。
「部屋に戻る」
そう手短に言うとすぐさま席を立つ。
その後ろを不安げな様子でグウェンは追った。