蒼月の約束

エルフ語でもない。

ドワーフ語でもない。

しかし、なぜか読める奇妙な文字。


「シノミヤ、アカネ…?…アカネ」


―「私はシノミヤアカネと申します。気づいたらここに来ていました…」―



その時、頭の中で何かが弾けた。


やっと呼吸の方法を思い出したかのように、脳内がどんどんクリアになっていく。

ずっと忘れていた記憶が鮮明になっていく。


アカネをエルミアだと思っていた日々。

暗い城内で、明るく過ごした毎日。

精霊の書を探す冒険の日々。


ようやく思い出した。


とても大事な何か。

何よりも大切な存在。


やることは分かっていた。


アルフォードは凛と通る声ではっきりと言った。


「シノミヤアカネ!ここに戻って来い!」


ドオンっという大きな音と共に、水しぶきが天井を突き抜けるくらいに上がった。

あまりの豪快な音に、一度引いた側近が再度集まって来た。

「な、何事ですか?」

そう尋ねる声を、手で制する。

静かに目を凝らしていると、どこからか「ぷはっ」という声が聞こえてきた。

「もう…。相変わらず水難の相なのね」

ずっと耳奥に残っていたあの懐かしい声。


頭から水を滴らせながら湯気の合間に姿を現せた、見覚えのある茶髪の女の子。


自分が服を着ていることも忘れて王子は湯の中へと進む。


「アカネ」


そう言って強く抱きしめる。

体にすっぽりと収まってしまうほど小さくてか弱い生物。

人間。


「王子。ただいま」


安堵した声で朱音もそれに答えた。



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