蒼月の約束

「…あの。そろそろ離してくれると嬉しいんですが」

王子に抱きしめられてからすでに数分が経過していた。

湯気が立ち込めるお風呂の中で、二人はずっと抱き合っている。

太ももまである熱々のお湯と、王子の強い抱擁から逃れられなくて朱音の体温も上昇中だ。


「みなさん、困ってます」

王子の胸の中で朱音はもごもご言う。


見えなくても空気で感じる違和感。

「王子、そろそろ解放して差し上げないと」

グウェンが咳払いをして声をかけた。

「ミアさまが窒息してしまいますよ」

そこで初めて王子が体を離した。

「グウェン。思い出したのか?」

グウェンは頷き、床に膝をついた。

「ミア様、お帰りなさいませ」

朱音は額の汗をぬぐいながら笑った。

「グウェン、久しぶりだね」

「ミアではない。アカネだ」

厳しくグウェンを訂正する王子。

それからまた朱音を抱きしめた。

「この日をずっと待ち望んでいた」

「いや、あの、王子、そろそろ…」

抵抗は無駄だと分かっていても、いい加減暑い!


昔のように朱音は助けを求めた。

「グウェン~…」

「王子、積もる話もあると思いますで、まずはアカネ様の着替えと食事はいかがでしょうか」


さすが王子を良く分かっている!


「そうだな」


どこか名残惜しそうに王子は体を離した。

朱音が安心したのもつかの間、細い見た目には想像出来ない力で朱音をお姫様抱っこする。

「なっ・・・」

「さて行こうか」

そう言えばこの人、軽々しく私のこと馬に乗せたことあったわ…

過去も思い出して、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなる。

「おろして~…」

消え入りそうな声で朱音は抗議するが、王子の耳には入らない。

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