蒼月の約束
さようなら


時計が残酷に、容赦なく時を刻んでいく。


朱音が何もいわずとも、何となく別れが近いことを察している王子がいた。

時期が近づいているのはお互いに分かっていても、どちらもそれを話題に出すことはなかった。

それに触れさえしなければ、このまま幸せに何事もなく過ごせるのではと

勘違い出来るほどに。




しかし、もう無視できない。

王子は、今にも消えてしまいそうな朱音の腕を掴む。


日に日に朱音の姿が薄くなっているのは気づいていた。

気づいていたのに気づかないふりをしていた。

そうすれば、彼女はずっとここにいるのではと淡い期待を抱いていた。


しかし、もう別れを覚悟する時が来た。

「王子、時間がないみたい」

自分の透き通り始めている手を見ながら朱音が悲しそうに言った。

王子は焦ったように首を振った。

「私は王族だ。何か(すべ)があるはずだ。黒魔術だって…」

「これは他でもない大精霊(エノルム・スピリット)との契約なの。覆ることは絶対ない」

朱音は首を振った。

「ううん。それだけじゃない。私にも家族がいる。帰る場所があるの」

目の前の王子を見つける。

美しいスカイブルーの瞳から涙が落ちる。

「帰らないと。元いたところに」

「私は、もう二度とお前を失いたくない。もう二度と、あんな思いはしたくない。失う辛さは一度きりで十分だ」

初めて見る取り乱した様子の王子。

心臓の鼓動が早くなる。



私だってまた失いたくない、この大切な人を。

人生で初めて心から愛した人を。



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