蒼月の約束
ふと気がつくと、あの日、亜里沙と来た「鏡の泉」に瓜二つの湖の前に立っていた。
透き通る水たまりに、冷たいそよ風が吹き、水面を揺らす。
しばらくじっと見ていた朱音の中に、「もしかしたら、ここから帰られるのかも…」という気持ちが、突然に沸いてきた。
水の中から出てきたのであれば、水の中から家に帰れるのではないか。
王子がまだ帰し方を見つけてないのであれば、自分で試せばいいのではないか。
急に降って来た感覚に憑りつかれるように、朱音は水際へと向かう。
自分でも気が付かない内に足がどんどん前へと進み、躊躇なく水中へと入って行く。
不思議と水温は感じなかった。
もう少し…、あと少しで、家へ帰れる。
私の居場所は、あの家だ…
早く帰らないと…。みんな待ってる。
既に水が腰のあたりまで来ていても、スピードを落とさず先へ先へと進んでいく。
すると、突然、深みにはまった。
いきなり、水の中へと落ちて行く。
口から大量の空気が泡となって上がっていく。
水が体内に入り込む。
視界がぼやけ、頭の中がふわふわとし始めた。
ああ、この感覚だ…
おぼれているというのに、なぜか安心感に包まれていた。
あと少し。あと少しで家に帰れる…
朱音は水に体を預けたまま、目を閉じた。
【あかね】
みんなが自分の名前を呼んでいるのが聞こえる。
お母さん…
【ほら、朱音。ご飯よ】
水が肺に勢いよく入って来るが、不思議と苦しさは感じない。
お父さん…
【おい、あかね。仕事は順調か?】
亜里沙…
【ねぇ、お姉ちゃん。遊ぼ!】
うん、分かった。
今、帰るから…。
待ってて…